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● 文頭から読む「演説の英語」(3)
3. Inaugural Address January 20, 2001 George
W. Bush
つぎにブッシュ大統領による現実にむけての直言・提言を記してみる。
@ While many of our
citizens prosper, others doubt the promise, even the justice, of our own
country. The ambitions of some Americans are limited by failing schools
and hidden prejudice and the circumstances of their birth. And sometimes our
differences run so deep, it seems we share a continent, but not a
country. 多くの国民が繁栄を謳歌している一方で、 米国は果して真に大成できる国なのか、 さらには、 米国は果して真に公正な国なのかということについて さえも疑念を抱いている人がいます。 己の志を十分に遂げられない人もいます。 その原因はいろいろとあるのでしょうが、 学校教育が荒廃してきたこと、 偏見がその隠蔽を図りつつはびこり続けていること、 あるいは生まれ育った周囲環境に阻まれてしまったことなどに その一因があると言えるでしょう。 そして時には、 国民同士間のあまりの大きな格差に仰天して、 これでは一つの国に共に暮らしているというよりは、 同じ大陸に住む者同士ではあるが 国を異にしているのではないのか とさえ思うようになってしまいます。
A
We do not accept this, and we will not allow it. Our unity, our union, is the
serious work of leaders and citizens in every generation. And this is my
solemn pledge: I will work to build a single nation of justice and
opportunity. われわれはこのような状況を甘受いたしません。 断じて容認しません。 結束・団結を図ることは、 あらゆる世代にわたって 指導者・国民が担ってきました重要な任務であります。 ですから、 私は厳粛に次のことを誓います。 私は力を尽くしてチャンスが 誰にも与えられる公正な統一性のある国家を 作り上げるように努力いたします。
B
We must live up to the calling we share. Civility is not a tactic or a
sentiment. It is the determined choice of trust over cynicism,
of community over chaos. And this commitment, if we keep it, is a way to
shared
accomplishment. わたくしたちは、 お互いにこころを一つにして 分担すべき使命を果たすことが絶対に必要です。 礼節とは、ある状況のもとで 己の実現したいことを達成するための手段として 使う道具ではありません。 礼節とは、なにかに対する感情を 表明することでもありません。 礼節とは、 冷笑を浮かべあう関係を選ぶのではなくて 信頼しあう関係を断固として選びとる、 ことであります。 礼節とは、秩序のないごちゃごちゃした集合体を 求めることではなくて結束した共同社会を 断固として選びとることであります。 この決意を必ず果たすのだとこころに 決めてそれを守りつづけてゆけば、 行きつくところには、 私達のこころをともに分かち合える 信頼関係を基盤にした共同社会が 築き上げられるのです。
C
Our national courage has been clear in times of depression and war, when
defending common dangers defined our common good. Now we must choose if the
example of our fathers and mothers will inspire us or condemn us. We must
show courage in a time of blessing by confronting problems instead of passing
them on to future
generations. アメリカはなるほど勇気のある国だ、ということは、 過去の恐慌や戦争の時代には、 だれの目にもずっと今日にいたるまで明白なことでした。 こういう非常事態のときには 共通の危機を防ぐことが 共通の利益[公共の幸福]に なることが明白でした。 さて今この時点ではどうでしょうか。 私達はいま選択を迫られています。 父祖母祖が示してくれた手本によって 私達は鼓舞されることにもなりますし、 咎められることにもなるのです。 私達はこの恵まれた時代においても やはり断じて勇気を示す必要があります。 諸問題と真正面から取り組むべきです。 諸問題を将来の世代に先送りすべきではありません。
D
America, at its best, is compassionate. In the quiet of American conscience,
we know that deep, persistent poverty is unworthy of our nation's
promise. And whatever our views of its cause, we can agree that children at
risk are not at fault. Abandonment and abuse are not acts of God, they
are failures of love. And the proliferation of prisons, however
necessary, is no substitute for hope and order in
our souls. アメリカの本領は思いやりがある、という点にあります。 アメリカ人がその良心の声に 心静かに耳を傾けるとき、 意識されてくることがあります。 それは、貧困です。 根深く執拗につづいてきている問題です。 これはアメリカの大成のためには ふさわしくないものであります。 貧困はどんなことに起因するのか、 さまざまの見解があるでしょうが それがどのようなものであれ、 同意できることがひとつあります。 それは、 危機に瀕しているこどもたちがいますが その子供達には罪がない、ということであります。 子供を捨てる、あるいは、虐げるということは、 不可抗力による行為ではなくて、 愛情が不足しているのだ、 ということを示しています。 また、刑務所を増設せよ、 との世論についても、 これは必要ではありましょうが、 このことは、 私達の心のなかにある望みがかなえられることになる 代用物とはなってくれませんし、 こころを順調な状態に整えてくれる代用物にもなってくれません。
E
America, at its best, is a place where personal responsibility is valued and
expected. Encouraging responsibility is not a search for scapegoats, it is a
call to conscience. And though it requires sacrifice, it brings a deeper
fulfillment. We find the fullness of life not only in options, but in
commitments. And we find that children and community are the commitments that
set us free. Our public interest depends on private character, on civic
duty and family bonds and basic fairness, on uncounted, un-honored acts of
decency which give direction to
our freedom. アメリカの本領は、個人の責務が重んじられ、 また求められてきたというところにあります。 責務の遂行を奨励することと、 スケープゴート[他人の罪を負う者、身代わり]を探すこと、 この二つの事柄の間にはなんの関係もありません。 自己責務の貫徹とは良心の喚起をうながすことです。 これには自己犠牲行為を要しますが、 一方、達成感増大にもつながります。 私達は次のようなことに気がつきます― 充実した人生を送っていくには、 どんなことを選択するかということも重要ですが、 自分にはどんな責務があるのかを 考えてそれに注力してゆくことも 重要であるということを。 さらに次のようなことにも気がつきます― 子供たちを大切にすることや 地域社会を構築することこそが、 私達の責務でありこれを果たすことによって 私たちはのびやかな気分になることが できるということを。 私達が享受する公益は、 個々人の高潔さ、市民としての責務、家族の絆、 基本的な公正さ、 そして私達の日々をのびやかな気分にしてくれる 無数の隠れた善行に支えられているのです。
F
I ask you to seek a common good beyond your comfort; to defend needed reforms
against easy attacks; to serve your nation, beginning with your
neighbor. みなさん、どうか自分だけの安楽な生活を求めないで、 みんながいっしょになって 幸福だという世の中を追求して下さい。 安易な非難に耐えて 必要な改革はきちんとほどこして防御を図ってください。 国家に献身してください。 まずお隣のひとびとといっしょに始めてください。
G
I ask you to be citizens: citizens, not spectators; citizens, not subjects;
responsible citizens, building communities of service and a nation of
character. みなさん、どうかまず米国民であってください。 米国民、それは傍観者の ことではありません。 それは従属者のことではありません。 みなさんひとりひとりが 米国民として責務をはたしてください。 奉仕しあう地域社会を築き、 品性のあふれる国家を築いてください。
H
Never tiring, never yielding, never finishing, we renew that purpose today,
to make our country more just and generous, to affirm the dignity of our
lives and every life. This work continues. This story goes
on. 倦むことなく、屈することなく、 これでもう完璧だと決して言わないで、 私たちはあの作者の意図したことを 今日もまた新たな想いで、 この国をさらに公正でさらに高潔な存在とさせてゆき、 私たちひとりひとりのどの人生にも 品性と気高さがやどっているのだと、 それを肯定してゆけるようにしてゆくのです。 この務めには終がありません。 この物語には終がありません。
4.
ケネディ・ブッシュ両大統領就任演説のハイライト
冷戦下の1961年、ケネディの視線は遠い将来にまで注がれている。 ケネディ政権は、 核兵器の脅威による人類滅亡の瀬戸際に瀕しての状況を ふまえて、 人類の滅亡を阻止し人類の存続をはかるための世界平和実現 への道程を模索しているように見える。 このために、 ケネディがアメリカ国民ひいては世界の市民に求めたものは、 「奮闘心」と「犠牲的行為」であった。 「奮闘心」には、 「力を奮い起こして目標に突き進んでゆく志」 というような意味が宿されているように感じられる。 「犠牲的行為」には、 己を先にするのではなくて まず人様のために己の知徳体を提供しなさい、 というような意味が含まれているように感じられる。
冷戦終結後の2001年、 ブッシュの視線はアメリカ自国内の現実の弛緩状況に注がれている。 ブッシュ政権は、 冷戦を乗り越えて世界一となったアメリカ社会に 蔓延しはじめた気の緩みに対して 冷徹な警戒の眼を注いでいるように見える。
ブッシュ大統領が求めたものは、 礼の心[=善意と尊敬、公正、寛容]、 勇猛心、思いやり、品性という徳目を 通じてのアメリカ国民の結束である。
ケネディの求めた「犠牲的行為」は、 ブッシュの求める「礼・思いやり・品性」につながり、 また、ケネディの求めた「奮闘心」は、 ブッシュの求める「勇猛心」につながる 徳目のように感じられる。
ケネディ演説のハイライトはつぎの部分である:
―And
so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you―ask what
you can do for your
country. こういうわけですから、国民の皆さん、 アメリカという国家が皆さんのた めにいったいどんなことをしてくれるというのだろうか、 とは、どうか問わないでいただきたいのです。 そうではなくて、 問うて戴きたいのは、皆さんの側からみて 皆さんこそがアメリカという国家にどんなことができるのだ ろうか、と言うことであります。
―My
fellow citizens of the world: ask not what America will do for you, but what
together we can do for the freedom of
man. 心をともにする世界各国の同志の皆様に申し上げます。 アメリカが皆様のためにどんなことをしてくれるのだろうか、 とは、どうか問わないでいただきたいのです。 そうではなくて、共に手を携えて人類の自由のために いったいどんなことができるのだろうか、と 問うていただきたいのであります。
これに対応するブッシュ演説のハイライトはつぎの部分である:
―I ask you to seek a common good beyond
your comfort; to defend needed reforms against easy attacks; to serve your
nation, beginning with your
neighbor. みなさん、どうか自分だけの安楽な生活を求めないで、 みんながいっしょになって幸福だという世の中を追求して下さい。 安易な非難に耐えて必要な改革はきちんとほどこして 防御を図ってください。国家に献身してください。 まずお隣のひとびとといっしょに始めてください。
―I
ask you to be citizens: citizens, not spectators; citizens, not
subjects; responsible citizens, building communities of service and a
nation of
character. みなさん、どうかまず米国民であってください。 米国民、それは傍観者のことではありません。 それは従属者のことではありません。 みなさんひとりひとりが米国民としての責務をはたしてください。 奉仕しあう地域社会を築き、 品性のあふれる国家を築いてください。
両大統領が求めたものは、 己を後にしての人様や国家に まず奉仕、献身する心意気である。 ケネディはアメリカ国民、 ひいては人類のあるべきこれからの道程や あるべき姿を示唆し、 ブッシュは、その理想に向けて、 アメリカ国民としては 現実的にはどんなことをどのようにしてゆくのがよいのかを
示唆しているように見える。
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