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● あとがき Postscript
1.佐藤翔郎さん(府中市)への礼状
Dear Sato-san(横浜時事英語クラブ),
各種資料のご恵送をこころから
感謝申し上げます。
安岡正篤ブームの記事もありがとう
ございます。
安岡正篤語録にみられる
多数の漢字、
これには不思議な魅力があるようですね。
たとえば、
「冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、
閑に耐え、
激せず、競わず、噪わず、随わず
もって大事を成すべし」
という表現は、「かっこいい」ですね。
これを、やまとことば風におきかえると
やわらかくなってしまって
なんといいましょうか、
まがぬけてしまいがちですね。
耐えるんですよ、
冷ややかにされても
苦しい目にあっても
煩わしい目にあっても
閑をもてあましても。
かっかとしてはいけませんよ、
いたずらに競ってはいけませんよ、
わいわいさわぎたててはいけませんよ
お追従はだめですよ、
こういうふうに心がけがると
たいした立派なことができるんですよ。
※
小林正観師は
「きくあ」を説かれます:
・きそわない(競わず)
・くらべない(比べず)
・あらそわない(争わず)
(比べず)についての逸話:
女の子の4人姉妹がいる家のお母さん。
子供たちがお友達の家にはみんなお雛様が
飾ってあるが、私たちの家にはお雛様がないという。
娘たちがお風呂から上がったとき、
まだ湯気が出ている4人を並べて座らせ、
お母さんは、
「お母さんにはこんなにすばらしいお雛様が4人もいて、
何にも代え難い、これ以上のお人形さんはない」
と言って、4人の娘を抱いて泣いてしまった。
人生おのおのの家には家の存り様があるんだ、
他人と比べることは何の意味もないことなのだ、
と娘たちに話した。
娘たちもよくわかってくれたようで、
その後一度もお雛様のことを言わなくなった。
(上記の逸話は
山田信彦さん=八王子市 からおおくりいただきました)
あとがきの2.
仏教にご造詣の深い碩学の士、
大竹義宣さん(横須賀市)からいただいた
「般若心経」についてのご教示・ご示唆:
(引用はじめ)
般若心経のお話し(湘南通信0608159)、楽しく読ませていただきました。
金岡秀友さんが監修している英訳は知りませんでした。
心経についての書物は、最近も次から次へと出版されてますね。
でも、なかなか自分にぴったりというのは見つからないものです。
私自身は、これまで読んだ中では、少し古いのですが、
高神覚昇さんの書かれた「般若心経講義」1952初版、
1982改定版27版が好きです。
> form is none other than emptiness, /
> 「すべての現象は宇宙生命の現われに他なりません」
> (=「色不異空」)
> emptiness is none other than form. /
> 「宇宙生命はもろもろの現象となって具現されております」
> (=「空不異色」)
最近、宇宙とか宇宙生命といった言葉を使う人がいます。
宇宙なんて判ったような判らないようなもの、こういう言葉で
何かごまかしているみたいで、あまり好きになれません。
> 「色」は、Sein[ドイツ語]がぴったりで、
> 英語ならばBeing。
> Formでは必要以上にBeing[存在]が限定されています。
こういうのは、私は良く分かりません。
色を「有」とか「形あるもの」とかに訳したりしていますから、
そんなところから来ているのでしょうか。
> この英文は,なかなか難解のような気がします。
ほんとですね。一筋縄では心経の心はつかめませんね。
> 直訳ではなくて意味をおさえたやさしい意訳が
> できてくるといいなあ、とはおもいますが、
> あまりにもいろいろな解釈や意味の
> 捉え方がありますので、
> なかなかの難事なんでしょうね。
その通りです。高神覚昇さんのは、この点が他の書物に比べて
勝っていると思っています。でも、「こころ」を捉えるという感じ
ですので、読むたびに何かしら得るところがあります。
> しかし現実には「無」も「無限」もともにつかみえない
> 何かある深遠な存在であり、
> 「空」をそれに擬したとしても、
> 言葉でつかみとろうとすると掌からするりと逃げてゆく。
>
> このことは、修業完成者・敬わるべき聖者
> ・完全なさとりを開いたひとによって、
> 説法を顕揚するための説明として説かれたのである。
そうなんですよね。
お経は、釈迦の説法なんですよね。
説法っていうのは、言葉で掴むものではないんです。
「こころ」でなんとなく判ってゆくものなんです。
> 一言でいえば、すべてのものを生みだし、
> すべてのものがかえっていくであろうところを
> 意味しています。漠とした根源的な状態としか
> いいようがありません。
佐治さんらしいですね。でも、言葉の意味から行くとこうなる。
> ということは、すべてのものごとはかかわりあっていて、
> 移ろいゆき、かたときもとどまることがないということでしょう。
花の色は、移りにけりな、・・・・ですか。
> 佐治先生のご説明には納得できる内容が多々あるように感じます。
> とくに「すべてのものごとはかかわりあっていて、
> 移ろいゆき、かたときもとどまることがない」という文言は,
> 時間軸と空間軸を考慮にいれたご説明になっているように
> 感じられます。
技術屋には受け入れやすい考え方ですね。諸行無常。
でも、一面だけしか捉えていないのかな。
> しかも「空」に姿をかえるもの,
> 「色」に姿を変えるものの
> その総量はどのような時にあっても
> 一定であって増減しない―変わらない―わけです。
> まあ,こんなことをお釈迦様は悟られたのかもしれません。
姿を変えるということではなくて、「空」は「空」であり、「色」は「色」であって
何かから変わるというのではない、という風に考えたいのですけれど。
色即是空で同じもの。「空」になったり、「色」になったりするものではない、
ちょっと難しいかな。
> 行くものよ 行くものよ
> 彼岸に行くものよ
> さとりよ 幸あれ
往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、
彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸あれ
というのが、その道では、一番支持されている訳ですね。
> とお釈迦様は言われたのでしょうか。
> ひょっとしたら,
> これはアインシュタインの考え方に通じているのでしょうか。
そうかもしれません。相対性理論が中にあるといっている人もいます。
> みんな心のうちしだい
> All of these decisions you may form come from
> what you think of what you see,
> but the phenomena per se you see,
> all of them, are actually in neutrality.
ここに集約されていると思います。訳は良く分かりません。
いろんな風に訳せるでしょうね。心経と同じ。
> あるがままは生死もこえる
> 思い悩まずあるがまま
> To accept yourself as you are is to rise above life or death.
> Don’t worry about this or that. Accept reality as it is.
Accept reality as it is.
これ、気に入りました。
> 自我を捨てるとはこういうことか、
> と烏肌が立つような感覚を味わいました。
ここで、入り口。
> 「私」という個別のものは存在しない。
> 「私」がいると思うのは幻覚だと。
> 後になって思えば、
> これは般若心経の「空」の状態です。
「私」はあるのです。まだ、「空」というものに遠そうな気がします。
> 『電動車いすで散歩していたら、ご婦人から「大変でいらっしゃいます
> ね」と声を掛けられた。
> 自我を捨てるとはこういうことか、
> 自我さえなければ、苦しみも悲しみも存在しない。
こんなことは、嫌というほど経験しました。右から左へと流れてゆく言葉。
自我なんて大仰なことは考えたこともありませんでした。
> それ以降、私は自分が不幸であるとか、
> 人を恨む気持ちがなくなりました。
こういうのが、あるがままを受け入れる第一歩なんですね。
何時も同じ言葉なんですが、「あるがまま」で、私なりの色即是空
「あるがままにそこにあるもの、
あるがままのこころ、みんな同じに受け入れる」
高神さんの本、角川文庫です。
著者は、1894-1948で、この本は、没後に、戦前のラジオ放送
による講義を筆録したものを書き起こしたものです。
紀野一義(氏)も絶賛しています。
(引用終わり)
※
大竹さん、まことにありがとうございます。
「あるがまま」を折りにふれて
伝授くださった大竹さんに、この度は、
Accept reality as it is.
の拙訳を気にいっていただきましたようで、
まことに嬉しき限りです。
あとがきの3.
藤枝先生、さかいたかひこ からです。
中国での9月の国際学会でのご発表、
すばらしいですね。
いまは発表原稿はもうUSB memory stick
で用意しておく時代なんですね。FDはもう過去のものに
なりつつあるようですね。
このすてきな中国の事務局からの英文を
英語の勉強という観点からも
湘南通信に転載させていただいてもよろしいでしょうか。
これから国際会議にうってでようとされるお方にも
おおいなる刺激になるのではないのかと
愚考いたします。
⇒藤枝先生から下記英文の転載のご許可をたまわりました。
原盤はカラーのサイン入りで電送されてきたそうです。
この学会場は中国シンセンなのに、
メール事務の取扱い場所はフランスみたいだ、とのことです。
事務員さんの名前から、男性なのか女性なのか、
年輩者なのか若いのか、
ブロンドなのかグレーなのか分らない、ということです。
「先方でも同じ思いでしょうから、
当日は私を見てサゾカシ力を落とすでしょう」と
藤枝先生は言われます。
「一番よい登録番号を私に」と頼んだら望みを叶えてくれたり、
時々事務取扱いをシクジッて「もう止める」などとメールしてくる所が
ナカナカの役者だ、ということです。
この学会申込みはネット経由で、
「年のために」申込みキーを三回タタイタら、
三人分と看做されて大騒ぎになったそうです。
学会場では、遠慮を知らない発表者が、
マイクを片手に会場に分け入り聴衆と応答しながら発表を続けたり、
他人の発表が終わるや否やPCのUSBにフラッシュメモリを差し込んで
サッサと他人のデーターを持ち去るヒトもいるそうで、
全く油断もスキもないそうです。
もっとも、何回言っても演壇の照明が暗いのを改善しないので、
原稿が読めないのが普通だそうです。
みなさまからも藤枝先生へ御声援を
お願い申し上げます。
10 August 2006
Kazuo Fujieda
Meikai University Hospital P|P Keyakidai
SAKADOSHI SAITAMA 350-0263
JAPAN
Dear Kazuo Fujieda,
A Humanistic Action Research Evaluation On Recent Geriatric
(老人病の)Findings In Dental Education
I have the pleasure of informing you that
your abstract has been accepted
as a Free Communication
at the FDI Annual World Dental Congress
in Shenzhen, China
from the 22nd-25th of September 2006.
This will take place
at the Shenzhen Convention & Exhibition Center (SZCEC),
Fuhua 3rd Road, Futian Central District,
Shenzhen 518048, China.
All presenters are required to register for the meeting
before August 1st 2006.
Your registration number is 1400.
Please find below your presentation place and time:
Free Communication Number: FC3
Date: September 22nd
Time: 10.00
Room: Exhibition Hall 1
The time limit for your presentation is 12 minutes
followed by a three-minute question and answer period.
Please have your presentation fully-completed
and ready on a CD or USB memory stick.
There will be no preparation room available on site,
so it is essential that you are well-prepared
and ready to present at the time you are allotted.
Thank you for submitting your abstract
and we look forward to your presentation
at the congress.
With kind regards,
H. H・l・ne Marot
Congress Assistant
※Doctor Kazuo Fujiueda先生は、お若いころから
東京板橋で歯科医を開業されてこられて、そのかたわら
論文活動もつづけられて、
いまは明海大学の教授職にも就任されておられます。
なんと古稀のときに「教授」にご就任されました。それ以来、
すでに幾年月、いま喜寿に向かわれる人生街道にあられて
たびたびの国際学会などにての
ご発表をなさってきておられます。
また、世界的な科学誌NATUREにも
先生の論文が掲載されてきております。
横浜時事英語クラブでは、海軍の学校に
所属されていたころからの英語を軽妙にいかされて、
洒脱な話題を提供されて
会員諸兄を湧かせてきておられます。
(文責:坂井)
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