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NO.406
平成19年8月30日
August 30,2007

● 真民さんからのメッセージ:
         (English translation: Sakai, Takahiko)
           (English consultation: Frances Ford)


「かなしみは いつも枯らしてはならない」


かなしみ


かなしみは
わたしを強くする根
かなしみは
わたしを支えている幹
かなしみは
わたしを美しくする花
かなしみは
いつも枯らしてはならない
かなしみは
いつも湛えていなくてはならない
かなしみは
いつも噛みしめていなくてはならない


英文: 
( )内を削除して [   ]内を挿入する。

添削してくださったお方:
       Prof. Dr. Dieter Riemenschneider さん
               Jan Kemp Riemenschneider さん (奥様)


A Feeling of Sorrow

A feeling of sorrow means:
 the roots to let me become tough,
 a trunk to sustain me (up),
 and a flower to let me become beautiful.
You must not (wither) [let] a feeling of sorrow [wither at] any
time.
You must always be brimful of a feeling of sorrow.
You must always chew a feeling of sorrow.


(できあがり)
A feeling of sorrow means:
 the roots to let me become tough,
 a trunk to sustain me,
 and a flower to let me become beautiful.
You must not let a feeling of sorrow wither at any time.
You must always be brimful of a feeling of sorrow.
You must always chew a feeling of sorrow.


● 相田みつをさんからのメッセージ
     (English translation: Sakai, takahiko)
           (English consultation; Frances Ford)



なみだで洗われた
まなこはきよらか
でふかい

Tear-cleaned
eyes are clear
and deep.




うれい:

なみだで
あらわれるたびに
まなこがふかくなり
うれいが
ふかくなる

Grief:

Each time eyes are tear-cleansed
they become deeper
and the grief goes deeper.




いのちの根:

なみだをこらえて
かなしみにたえるとき
ぐちをいわずに
くるしみにたえるとき
いいわけをしないで
だまって批判にたえるとき
いかりをおさえて
じっと屈辱にたえるとき
あなたの眼のいろが
ふかくなり
いのちの根が
ふかくなる


The Roots of Your Life

Repress your tears of grief,
put them patiently under control;

repress your complaints about distress,
put them quietly under control;

repress your excuses for others’ criticism about you,
put them quietly under control;

repress your rages against others’ humiliation on you,
put them patiently under control;

and then the dolor of your eyes will be deeply brilliant
and the roots of your life will be deeply abundant.


● 英語母語者の潜在意識と冠詞の使い分け方の感覚 (その2)
       
                 
1.はじめに

英語学習者にとって英語を紡ぐときの冠詞の使いわけ方は
最も基本的で難しい事項である。

英語母語者はこれをわけなく使える。冠詞が自由自在に操れる
という能力を英語母語者は母語を習得する過程において
直感的に身につけたのかもしれない。そのためか,
冠詞に関する英語母語者による研究書・解説書の類は
比較的にみて稀少である。
日本語母語者による冠詞の使い方についての
系統的な解説書・研究書の類も比較的にみて稀少である。

松本(2001)につぎのような記述がある :
「われわれに一番苦手なのは英語の冠詞である。
このむずかしさは、英語国民には到底わかってもらえない。
私も随分悩まされてきたし、現在でもてこずっている。
これといった決め手になる参考文献も持っていない」
(松本亨:1913年生れ。明治学院英文科卒業後渡米。
在米期間14年。1951年から22年間にわたり
NHK英語会話ラジオ講座を担当)


日本で生まれ育った多くの日本語母語者は、
英語の名詞の意味感覚をその和訳語から感じ取り
それを拠り所として冠詞がどのように
使われているのかを判断しているので、
和訳語の意味感覚から受ける、常識では律し切れない
謎だらけの冠詞用例に遭遇してしまう。

ピーターセン(1988)にはつぎのような解説がみられる :

「ネイティブ・スピーカーにとって、〈名詞にaをつける〉という
表現は無意味である。
英語で話すとき―ものを書くときも、考えるときも―
先行して意味的カテゴリーを決めるのは名詞でなく、
aの有無である。

そのカテゴリーに適切な名詞が選ばれるのはその次である。
もし「つける」で表現すれば、
「aに名詞をつける」としかいいようがない。

「名詞にaをつける」という考え方は、
実際には英語の世界には存在しないからである。」

「aというのは、その有無が一つの論理的プロセスの根幹となる
ものであって、名詞につくアクセサリーのようなものではない」
 
 
Rubin(1998)にはつぎのような論述がみられる :

-------------------------------------------------------
The fact remains, however, that there is a good deal of overlap
in linguistic function between. Japanese wa and ga and English
"the" and "a." Since both have to do with unspoken
assumptions concerning how much speaker and listener know,
both convey some of the subtlest nuances of their respective
languages, and both are extremely difficult for foreigners.
Even the most accomplished Japanese speaker of English
will continue to make mistakes with "the" and "a," and
native users of English will probably always have some degree
of difficulty with wa and ga. This is surely one of those
intuitive areas of language that can only be fully mastered
in early childhood.
-----------------------------------------------------------

(拙訳のはじめ)
このように言ってはみるものの、次のような事実がなくなるわけでは
ありません:日本語の「ハ」と「ガ」と英語のtheとaとの間の
言語機能には、やはり多大なる共通点があります。
両者に共通して関連していることは、話し手・聞き手がどの程度の
既知情報を共有しているのかということに関して言外の想定が
されているということにあります。というわけで、両者ともなんらかの
きわめて微妙なニュアンスを伝えることになりますから、
母語者でない人にとってはきわめて難解な言い回しとなるわけです。
英語の達人といわれる日本人英語話者であっても、
必ずといっていいほど、いつまでたっても間違ってtheとaを使いますし、
英語母語者のほうは、まずほとんどの場合、なんらかのとまどいを
覚えながら「ハ」と「ガ」を運用することになります。
この領域は、きっと言語に関する本能領域の一つであって、
幼児期の母語経験を経ないと完全にあやつることが
できるようにはならない分野であるに違いないのです。
 (拙訳の終わり)



------------------------------------------------------------
We cannot repeat too often that wa NEVER marks the subject
of a verb. It doesn't mark the object, either. And it certainly
doesn't unpredictably "substitute" for other particles such as
ga and o. All wa ever does is tell you, "I know not about
others of this category we've been talking about, but as for
this one..." Wa tells you nothing about how its topic is going
to relate to the upcoming information: it only tells you
that some information is coming up that will be related
somehow to the topic. In fact, the only way that you can tell
whether wa marks an apparent subject or object
(or anything else) in a sentence is in retrospect.
But language doesn't work in retrospect.  

When a grammarian tells you that wa can mark the subject
of a sentence, he is able to say that
only because he has seen the rest of the sentence
and knows how it turned out.
----------------------------------------------------------

(拙訳のはじめ)
なんど繰り返して言っても言い過ぎということはないのですが,
「ハ」は断じて動詞に対する主語標識を担っているのではないのです。
「ハ」は目的語の標識にもなりません。しかも,「ハ」は,
例えば「ガ」や「ヲ」といったほかの不変化詞(助辞、助詞)
に対して代用語の役目をするなんていう予想外のことをすることも
ないのです。このことは確かです。

そもそも「ハ」の機能とはつぎのことを伝えることだけなのです:
「以上お話してまいりましたこのカテゴリーについての
これ以外の他人様・よそのもののことはいざ知らず,
ことこれだけに関して申し上げますならば---」。

「ハ」は、それが表わす「話題」の下流側につづいて登場してくる情報と
どのような関連づけになってゆくのかについては
何も伝えてくれないのです。いや、実際は,「ハ」が文中で、
主語であれ目的語であれ、あるいはほかの何であれ,
そのどれをあらわす標識になっているのかを、
はっきり認識して伝えようとしたら、それに対応できる唯一の方法は,
文章全体をながめて遡及的に振り返って
点検してみることにしかありません。
だが,言語を紡ぐという作業は,遡及的に機能するものではありません。

「ハ」は文の主語の標識になり得る, と文法学者が教示してくれる場合,
その文法学者がなぜそんなことが言えるのかというと,
文の主語と思われるものの下流側の後の方も全部あらかじめ
観察して見てしまっていて文の結末を知っているからだ,
ということにすぎないのです。(拙訳の終わり)

-----------------------------------------------------



外国語学習者にとっての目標がその言語を運用できるよう
になりたいということにある場合には、
その言語が俯瞰的に外側から見てどうなっているのか
を理解することに主眼があるのではなくて、
その言語が時間軸に沿ってどう振舞っているのかを
感得することによってその言語をその言語の流れ
に沿って紡げるようになる感覚を養うことに主眼がむけられてくる、
ように感じられる。

「英文学史」という日本語表現をEnglish Literature history
あるいはthe history of English Literatureのような英語表現に
転換することは可能のように思われる。

英語母語者はどんな直感によって
ないしは本能的な感覚によって
この二つの表現を使いわけているのだろうか。

また,英語母語者はEnglish Literature historyをよく使い,
the English Literature historyとはあまり言わないようである。
the Japanese cultureとはあまり言わないでJapanese culture
と言うことが多いようである。

ところが「日本経済」のような表現を英語で言う場合は、
the Japanese economyがよく使われてJapanese economyは
使われる頻度がおちる 。 なぜだろうか。

さらに言えばa history of English Literatureはどのような場
合に使うのだろうか。

英語母語者の多くは,こうした無冠詞,定冠詞,不定冠詞の
使い方についての疑問について的確な解答をしてくれることが
少ない。直感的にはここは定冠詞をつかう,ここは無冠詞でよい,
と示唆してくれるけれども,その場合の意識のはたらかせ方を
あまり教示してくれない。
無冠詞,定冠詞,不定冠詞の使い方についての感覚は
どのようにしてゆけば身につくのだろうか。
 
同じような現象が日本語における「ハ」と「ガ」の使い分けに
ついてもみられる。この二つの助辞の使い分けは日本語母語者に
とっては造作のないことである。多くの日本語母語者は「ハ」と
「ガ」を直感的に使い分けすることができる。

しかし,日本語母語者の多くはこの使い分け方を
〈日本語を第二言語として学ぶ学習者〉に的確に
理をつくして説明することができない。

「むかしむかしあるところに,おじいさんとおばあさん「ガ」
住んでいました。
ある日,おじいさん「ハ」山へ,おばあさん「ハ」
川へでかけました」というような桃太郎童話の
冒頭箇所における「ハ」と「ガ」の使い分けの背後に
多分内在している日本語における奥深い仕組みを
説明することができない。

日本語における未知への探求も、言葉のなかに隠れている
直感のプロセスを確かめる鍵になるかもしれない。

(〈新情報(初出のおじいさん)の「おじいさんガいました」〉
vs.〈an old man〉と

〈旧情報(二度目のおじいさん)の「おじいさんハ山へいきました」〉
vs.〈the old man〉と

が対照的に使用されている)


(参考文献)
  松本 亨.『英語で考える本』英友社. 初版:1968.改訂1版:1980.改
訂24版:2001. p228.
  ピーターセン, マーク.『日本人の英語』岩波書店. 1988. p12-p13.
  Rubin, Jay. MAKING SENSE OF JAPANESE. 講談社インターナショ
ナル. 2002. p37 & p40.
  日本アイアール編.『日本人は英文法のここを間違える』DHC. 2006.
p39.


● 大山真弘和尚様が主宰されておられます
   「幸福ニュース」から転載させていただきます。
   どうぞご覧下さいますよう:



*****************************
幸福ニュース(しあわせニュース) 第357号  2006年7月21日
幸せへのヒント満載です。友達にも教えて皆幸福に!
http://www.uproad.ne.jp/rengein/
*****************************

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 今回は、江口克彦著の『成功したい人の夢実現ノート』(PHP
研究所)をご紹介させて頂きます。華々しい成功から、一転して
犯罪者になってしまう人もいますが、何故なのか、松下幸之助氏
の教えを中心に説かれています。本当の成功を目指す人は、是非
ご一読ください。

         【成功したい人の夢実現ノート】

1)正しい熱意からすべては始まる。目標を持っていることも大
事である。

2)やり続け辛抱すること。成功するためには、成功するまで続
けることです。もう投げ捨ててしまおうかという時に、あと一歩
の辛抱ができるかどうか。あと一歩の辛抱ができる人だけが成功
するのです。そのためには、自分の仕事を心底好きになることで
す。

3)日々、平凡な当たり前の事を積み重ねる。それが松下幸之助
氏が成功した理由の、最も大きなひとつです。やるべきことをや
る。なすべからざることはやらない。そうした事をキチッと正し
くやっていれば、必ず成功します。

4)熱意と誠実さと素直な心こそ根本。素直な心で熱意を持って
誠実に実行していく。そして反省する。その繰り返しがあなたを
成功に導きます。

5)反省する人は成功します。一日の終わり、寝る前の時間を是
非その日の反省にあてて下さい。大切な事は、自分はこの時間を
反省にあてる、というスタイルをはっきりと確立してしまうこと
が、続けるコツです。

6)汗の中から知恵を出す。超スピードの成功は必ず大きな反動
を伴い、時にはあっという間に成功の全てを失ってしまう例は少
なくありません。人生はバクチや宝くじではありません。あくま
でも汗と熱意の上に、時間をかけて築き上げていくものです。こ
つこつ努力を積み重ねていく。汗を流す。迷うことなく、それを
先行させることです。塩の味、砂糖の味は、なめてみなければわ
かりません。頭でなく、腹でわかる。そういう人が成功するので
す。

7)命をかけてやっているというぐらいの覚悟にならなければ、
困難な問題に出くわすたびに、いたずらに煩悶を繰り返すことに
なるでしょう。

8)世間は誰一人として、あなたの成功を邪魔したりしはしませ
ん。うまくいかないとすれば、外部の事情ではなく、自分自身に
原因があるものです。失敗は自分が原因、成功は運と周囲のおか
げ。これが成功する人の考え方です。失敗は自分が原因と考えれ
ば、いろいろ反省も生じ、同じ過ちは繰り返さなくなります。成
功は運と周囲のおかげと考えれば、おごりや油断が生じて失敗を
招くということもありません。

9)行き詰っても行き詰らない。成功への道は無限にある。困難
な問題が起きた時は、まずそう考えることからスタートしましょ
う。成功者は逆境の時にいっそう成長するものです。

10)明るさが勝ちの決め手となることは断じて少なくない、と言
うことは知っておきたい所です。「はい」「すみません」「あり
がとうござます」「おはようございます」「よろしくお願いしま
す」等の言葉を使うのも一つの方法です。

11)ものを尋ねるほうが慕われるというのは、知っておきたい真
実です。人間は、人に説明したり、教えたり、お説教をすること
が本質的に好きなものです。

12)世間と共に歩むこと。この“共に生きる”という心構えは、
いかなる事柄であれ、成功するための普遍的な法則である、と言
っていいでしょう。

13)自分のことより、他人のことを先に考える。そのように発想
し、行動した方が、結果的には高い評価と成功を得ることになり
ます。自分のためだけでなく、人も喜ぶようにという心がけで仕
事をしていると、自分自身にも同じように返ってくるものです。

14)感謝の心を持つことが、成功する人の大きな特徴の一つだと
言えるでしょう。周りの人達すべてに支えられて、一つの仕事が
完成する。そのことを常に心にとめておくことが大切です。

15)公(おおやけ)の心を持っていることが大事です。賢いから
安心ではない。賢い人は独断専行をやるから、危険なのです。
会社をつぶす人は賢い人なのです。成功を志そうとする人は、
公の心を堅持すべきです。

16)きちんと報告できる人が、だんだんと信用を積み、仕事の幅
を広げていくことになるのです。報告・連絡・相談・根回しなど
一見些細な事をおろそかにせず、積み重ねていく心がけが成功へ
と導きます。難しいことができても、平凡な事ができないという
ことではいけない。難しいことより平凡なことの方が大事である。
それが松下幸之助氏の話したことです。(続く)

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【仏語集】

 賢い人とは、常に感謝の気持ちを持ち、直接自分に親切にして
くれた人だけではなく、すべての人に対して思いやりを持つこと
によって、感謝の気持ちを表そうとする人である。(雑宝蔵経)

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【坂村真民詩集】

《 今日只今 》

今日只今
この四字八音の大切さを
自覚し実践し
少しでも世のため
人のためになる
自分自身を
作りあげてゆこう
そしたら短い人生でも
意義のあるものとなろう
木々を見よ
花々を見よ
すべては今日只今に生きる
大宇宙の姿である

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*皆様のご意見、ご感想、ご投稿を
  rengein@uproad.ne.jp
 へどうぞお寄せください。お待ちしております。

*「投稿大歓迎!」 皆様の投稿は、できるだけ「幸福ニュース」
に掲載しようと思っております。読者と共にこのEメールマガジ
ンを作り上げていきたいと願っておりますので、御協力をよろし
くお願い申し上げます。
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● あとがき Postscript

  千の風になって
  A thousand Winds    Author Unknown

メサイアを始めとするクラッシクからポップ・ミュージックに
 いたるまで音楽の世界にご造詣の深い、自らも演奏会などに
 ご出演されてその音楽CDも自己制作される佐藤良明様から、
 「千の風になって」のUKオリジナル・ヴァージョンをご紹介
 いただきました。歌っているのは、メッゾ・ソプラノの美人歌手
 キャサリン・ジェンキンスさんです。落ち着いた美声で、丁寧に
 歌いこまれています。

  A: キャサリン・ジェンキンス. 『フロム・ザ・ベスト 
    キャサリン・ジェンキンス・ベスト (CD)』. ユニバーサル 
    ミュージック. 2007. 5. 23. 歌詞カード pp.22-23.
  B: 新井 満. 『千の風になって』. 講談社. 2005.10.27. p3.
  C: さかいたかひこ の拙訳
  D: 新井 満 氏の和訳

 (Katherine Jenkinsのソロ@):
 A: Do not stand at my grave and weep,
 B: Do not stand at my grave and weep;
 C: わたしのお墓の前に立ち尽くして
    涙を流したりしないでください。
 D: 私のお墓の前で  泣かないでください

 A: I am not there I do not sleep,
 B: I am not there, I do not sleep.
 C: わたしはそこにはいません。
   そこで眠ってなんかいません、
 D: そこに私はいません
   眠ってなんかいません

 A: I am a thousand winds that blow,
 B: I am a thousand winds that blow.
 C: 千の風になって大空を吹きわたっています。
 D: 千の風に 千の風になって 
   あの大空を吹きわたっています

 A: I am the diamond glint on snow,
 B: I am the diamond glints on snow.
 C: あるいはダイアになって雪の原にきらめいています。
 D: (-------------)

 A: Do not stand at my grave and cry,
 C: わたしのお墓の前に立ち尽くして
    涙を流したりしないでください。

 A: I am not there -  I did not die.
 C:  わたしはそこにはいません。
    そこで眠ってなんかいません。

 (Katherine JenkinsのソロA):
 A: I am the sunlight on ripened grain,
 B: I am the sunlight on ripened grain.
 C: 日の光になってたわわに実った穀物を照らしています。
 D: 秋には光になって 畑にふりそそぐ

 A: I am the gentle autumn rain,
 B: I am the gentle autumn’s rain.
 C: さらには秋の雨になって静かに降りそそいでいます。
 D: (-----------------------------)

 A: When you awake in the morning’s hush,
 B: When you awaken in the morning’s hush,
 C: 静まりかえった朝、お目覚めになったときには、
 D: 朝は鳥になって あなたを目覚めさせる

 A: I am the swift uplifting rush,
 B: I am the swift uplifting rush
 C: しじまのなかをさっと大空に向けて
   急上昇する鳥たちとなり
 D: (--------------------)

 A: Of quiet birds in circled flight,
 B: Of quiet birds in circled flight.
 C: 大空をぐるぐると旋回しています。
 D: (--------------------)

 A: I am the soft stars that shine at night,.
 B: I am the soft stars that shine at night.
 C: あるいは柔らかに光りそそぐ星たちとなって
    夜空に輝いています。
 D: 夜は星になって あなたを見守る

 A: Do not stand at my grave and cry,
 B: Do not stand at my grave and cry;
 C: わたしのお墓の前に立ち尽くして
    涙を流したりしないでください。
 D: 私のお墓の前で  泣かないでください

 A: I am not there - I did not die.
 B: I am not there, I did not die.
 C: わたしはそこにはいません。
   わたしはもういなくなったのではなくて
   いつもどこかおそばからあなたを
   見守っているのです。
 D: 私のお墓の前で 泣かないでください
   そこに私はいません 死んでなんかいません
   千の風 千の風になって
   あの大空を 吹きわたっています
   千の風 千の風になって
   あの大空を 吹きわたっています

 (コーラス):
 A: When you awake in the morning’s hush,
 B: When you awaken in the morning’s hush,
 C: 静まりかえった朝、お目覚めになったときには、
 D: 朝は鳥になって あなたを目覚めさせる

 A: I am the swift uplifting rush,
 B: I am the swift uplifting rush
 C: しじまのなかをさっと大空に向けて
   急上昇する鳥たちとなり
 D: (--------------------)

 A: Of quiet birds in circled flight,
 B: Of quiet birds in circled flight.
 C: 大空をぐるぐると旋回しています。
 D: (--------------------)

 A: I am the soft stars that shine at night,.
 B: I am the soft stars that shine at night.
 C: あるいは柔らかに光りそそぐ星たちとなって
   夜空に輝いています。
 D: 夜は星になって あなたを見守る

 (コーラス&ソロ):
 A: Do not stand at my grave and cry,
 B: Do not stand at my grave and cry;
 C: わたしのお墓の前に立ち尽くして
    涙を流したりしないでください。
 D: 私のお墓の前で  泣かないでください

 A: I am not there - I did not die.
 B: I am not there, I did not die.
 C: わたしはそこにはいません。
   わたしはもういなくなったのではなくて
   いつもどこかおそばからあなたを
   見守っているのです。
 D: 私のお墓の前で 泣かないでください
   そこに私はいません 死んでなんかいません
   千の風 千の風になって
   あの大空を 吹きわたっています
   千の風 千の風になって
   あの大空を 吹きわたっています

 (ソロ&コーラス):
 A: Do not stand at my grave and cry,
 B: Do not stand at my grave and cry;
 C: わたしのお墓の前に立ち尽くして
    涙を流したりしないでください。
 D: 私のお墓の前で  泣かないでください

 A: I am not there - I did not die.
 B: I am not there, I did not die.
 C: わたしはそこにはいません。
    わたしはもういなくなったのではなくて
    いつもどこかおそばからあなたを
    見守っているのです。
 D: 私のお墓の前で 泣かないでください
   そこに私はいません 死んでなんかいません
   千の風 千の風になって
   あの大空を 吹きわたっています
   千の風 千の風になって
   あの大空を 吹きわたっています

 (和訳のまとめ):
 わたしのお墓の前に立ち尽くして
 涙を流したりしないでください。
 わたしはそこにはいません。
 そこで眠ってなんかいません。
 千の風になって大空を吹きわたっています。
 あるいはダイアになって雪の原にきらめいています。
   わたしのお墓の前に立ち尽くして
   涙を流したりしないでください。
   わたしはそこにはいません。
   そこで眠ってなんかいません。
   日の光になってたわわに実った
   穀物を照らしています。
   さらには秋の雨になって
   静かに降りそそいでいます。
 静まりかえった朝、お目覚めになったときには、
 しじまのなかをさっと大空に向けて
 急上昇する鳥たちとなり
 大空をぐるぐると旋回しています。
 あるいは柔らかに光りそそぐ星たちとなって
 夜空に輝いています。
   わたしのお墓の前に立ち尽くして
   涙を流したりしないでください。
   わたしはそこにはいません。
   わたしはもういなくなったのではなくて
   いつもどこかおそばからあなたを
   見守っているのです。    (拙訳:坂井孝彦)

 ※ 静穏の空気の中にたわわの実りが秋の日の光に輝いている、
    静寂の夜空から星たちがおだやかに光をそそいでいる、
    朝のしじまの中で鳥たちが物静かに急上昇して大空に旋回している、

   秋雨が音もなく静々と降っている、
   静かな雪原がダイアのようにきらめく

 というような静けさ、穏やかさがこの詩文の基調に流れている。
 聴覚に訴えないで、視覚のみに訴えているように感じられます。
 朝のしじまのなか、鳥たちは物音たてずに静かに天空に
 飛び上がって弧を描いているのです。新井満さんの訳文にこうした
 静けさの情緒が盛り込まれていくと、もっともっとしんみりした、
 穏やかな安らぎの感じが溢出されていくことになるのかもしれません。

     東京新聞2007.8.14.は、テノール歌手・秋川雅史さん
   のシングル曲「千の風になって」の売上枚数が、
   クラシック歌手でははじめて百万枚を突破した
   ことを報じています。
   (これまでのクラシック歌手の売り上げ記録は、米良美一さんの
    「もののけ姫」50万5千枚だったそうです。)
 
 東京新聞2007.8.20.筆洗氏は次のように述べています:
    
作者不明の英語の原詩を大声で朗読した後,作家の新井満さんはその言葉を忘れようとし
た。「表面の奥に隠れている、本質」をつかみたいと思ったという。まぶたを閉じて考えて
いるうちに、作者は「死と再生の詩」を書こうとしたのだと気付く▼人間が死ぬとまず風
になる。次にさまざまなものに生まれ変わる。日本語の歌詞が次々に頭に浮かんだ。ギタ
ーで曲をつける。時間にして五分とかからなかった。新井さんが自著で明かす『千の風に
なって』誕生の瞬間である。▼故郷で暮らす幼なじみが、四十八歳の妻を病気で失った。
お悔やみの手紙を書こうとして、書けなかった。一年後、追悼文集の中でこの詩を知り、
幼なじみのために歌にしたいと思った。最初は私家版なので、作成したCDは三十枚にす
ぎない。それがこの夏、テノール歌手秋川雅史さんが歌うCDで、売上枚数が百万枚を超
えた▼愛する人の死に直面したとき、納得できる人などきっといない。何も悪いことをし
ていなくても、死は突然襲ってくる。遺された者は涙するしかない。でも人の命が永遠で
あると思えれば、現実を受け入れることが可能になるのかもしれない▼新井さんは「死者
が、実は死んでなんかいないのだ、などと考えたりしても本当に良いのだろう」と自答し
たことがあると、心中も明かしている。同じ思いの人は多かろう▼あの人は今、何に生ま
れ変わっているのか。風や光や雪や鳥や星---。歌を聴くたび、目に入るものいとべてが愛
おしく感じる。
●写真1:讃岐冨士(飯野山):
 佐藤良明様のふるさとの山     &              ご自作の漢詩です。
●写真2:はるめき:
 Prof. Dr 坂下潔先生からご恵送いただきました。


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