湘 南 通 信
常楽我浄 日本のこころを世界の人々へ
SHONAN NEWSLETTER
A Japanese heart and mind to the world over

トップページ
バックナンバー
エキストラ
メール
@Christy

NO.407
平成19年9月9日
September 9,2007

● 真民先生と相田みつをさんからのメッセージ
        (English translation: Sakai, Takahiko)
        (English consultation: Frances Ford)


1.真民さんからのメッセージ:

「すべてを任せることによって,不思議な力が生まれ,闇が光になる」


知らせよう

せかせかと通り過ぎてゆく人
に知らせよう
一輪の花が
あなたを呼んでいることを

魚を釣っている人に
知らせよう
時には餌のない糸を垂れて
風の音や
波の音を
ほれぼれと聞くことを

働き疲れぐっすり眠っている人に
知らせよう
月が光り
星が輝き
あなたとあなたの家族とを
温かく守っていることを

病に苦しみ眠られずにいる人に
知らせよう
すべてを任せきることによって
不思議な力が生まれ
闇が光になることを

迫りくる死の恐怖に
おびえている人に
知らせよう
仏の説かれた輪廻の教えを
死は新しい生に
つながっていることを


添削:by Prof. Dr. Dieter Riemenschneider さん
            Jan Kemp Riemenschneider さん
  ( )削除
 [    ] 挿入

Let Everybody Know

You see many people passing down the road
 in a restless manner.
Let them know that
 a single flower is calling [for] their attention.

You see, over there, someone fishing
 with rod and line.
Let him know that
 it is sometimes worthwhile to be fascinated
 with the sound of the wind passing and the waves rolling,
 forgetting about his line dropped without bait on its hook.

You know many people sleeping soundly,
 tired out and exhausted after work.
Let them know that
 the moon shining and stars twinkling during the night-time
 have been watching them and their families
 with a warm-hearted care.

You know some people (being) [are] sick in bed
 without a sound sleep.
Let them know that
 by putting their trust completely in Buddha
 they'll acquire a miraculous power
 which will change darkness into light.

You know some people are scared
 that their time(s) is drawing near.
Let them know that
 doctrine of the transmigration of souls,
 preached by Buddha,
 says every death will be linked with a new life.



(できあがり)

Let Everybody Know


You see many people passing down the road
 in a restless manner.
Let them know that
 a single flower is calling for their attention.

You see, over there, someone fishing
 with rod and line.
Let him know that
 it is sometimes worthwhile to be fascinated
 with the sound of the wind passing and the waves rolling,
 forgetting about his line dropped without bait on its hook.

You know many people sleeping soundly,
 tired out and exhausted after work.
Let them know that
 the moon shining and stars twinkling during the night-time
 have been watching them and their families
 with a warm-hearted care.

You know some people are sick in bed
 without a sound sleep.
Let them know that
 by putting their trust completely in Buddha
 they'll acquire a miraculous power
 which will change darkness into light.

You know some people are scared
 that their time is drawing near.
Let them know that
 doctrine of the transmigration of souls,
 preached by Buddha,
 says every death will be linked with a new life.




2.相田みつをさんからのメッセージ

その
ままで
いいがな

All’s right with you
as you are now.


● 英語母語者の潜在意識と冠詞の使い分け方の感覚(その3)
       

2.冠詞の使いわけ感覚についての考察

 Φhistory,the history of English Literature, a history of
English Literature, a history of the English Literature of the
eighteenth century, a history of Φeighteenth century
literature などの語句における冠詞の使い分け方の感覚につい
て考察する。(Φ=無冠詞)
 デニス=キーン・松浪(1995: 31-34)  、や織田(2002) 、
樋口(2003)  を参考にしながら,若干の考察をする。

 冠詞はdeterminer(限定詞)のひとつに数えられている。限定
詞と呼ばれるわけは、名詞が表わすXのうち、どのようなXなの
か、あるいは、どのXなのかを意識しながら、冠詞をつかいわけ
るからである。

1. (a) I am studying Φhistory.
 (b) I am studying the history of English Literature.
 (c) I am writing a history of English Literature.
 (d) I am writing a history of the English Literature of the
eighteenth century.
 (e) I am writing a history of Φeighteenth century
literature.

 (1a)のΦhistoryは a mass word [量状名詞] である。手に触れ
ることもできない、目にも見えない抽象的な観念として捉えられ
ている。他との対比が意識されていない場合の一般表現であり、
聞き手の同定も期待されていない。
 
 (1b)の定表現the history of English Literatureには,たとえ
ば別の定表現the history of French Literatureとの対比が意識
されている。
 「文学史」について〈[異種]の要素から構成される集合〉を考
えてみる。例えばつぎのような要素がこの集合を構成する:
 [A=(history of English Literature), B=(history of French
Literature), C=(history of Russian Literature), ------]
 この集合において「BでもなくCでなくAだ」というような意
識をはたかせる場合に、the history of English Literatureのよう
に定表現化される。「文学史のなかでも他の文学史ではなくて英
文学史のほうですよ」というように意識されると、the history of
English Literatureのような定表現となる。当該の対象をその他
の対象要素から識別するのだ、という意識が働いている。
 
 (1c) 中の不定表現a historyは、a unit wordであって,例えば
だれかが著作した本,あるいは, それ自体で完成品になっている
ようななにか個体的なものが意識されている。不定表現a history
of English Literatureには、other histories of English
Literatureとの対比が意識されている。
 英文学史書について〈同類の要素からなる集合〉を考えてみる。
この集合を構成する要素は例えばつぎのようなものである:
 [A1=(history of English Literature)の1, A2=(history of
English Literature)の2, A3=(history of English Literature)の
3,---]
 このような集合のなかのある任意の一つを取り出すという意
識がはたらくと、a history of English Literatureという不定表
現となる。世の中に存在する同類同種の英文学史に関する著作物
のうちのある一冊をa history of English Literatureのように不
定表現化していることになる。不定表現はその対象が表わしてい
るカテゴリーに所属する代表例を表わすことになる。ここでは
「英文学史書という区分に属する書物のうちの代表例」が表現さ
れていることになる。

 (1d)中の定表現the English Literatureは、この特定者指示の
意味対象が〈談話テクスト内の特定名詞語句〉あるいは〈目撃・
状況的・場面・文脈内の特定存在〉となっていない場合には、聞
き手はthe English Literatureという定表現を同定認知できない
ので、話し手はof the eighteenth centuryという情報を追加して
聞き手の同定を求めることになる。つまり、the English
Literature of the eighteenth centuryのような表現となって初め
てそのとき、聞き手はこれを同定できることになる。(1d)中の定
表現the eighteenth centuryは、聞き手は同定できる。なぜなら
ばこの定表現は唯一無二存在のonly oneを表現しているからで
ある。

 (1e) 中のeighteenth centuryと(1d)中のeighteenth century
との違いは何か。(1e)におけるeighteenth centuryは形容詞の働
きをしている。だから「[the eighteenth century]+[literature]」
のような構造にはならない。(literatureは個体可算名詞 [a unit
word]ではなくて量状不可算名詞 [a mass word]であると意識さ
れるから、an eighteen century literatureのように表現されるこ
とはない。)
  (1e) におけるeighteenth centuryの機能は,a big bookにお
けるbigの機能に同じである。不定表現a big bookは、集合=[(big
book)の1, (big book)の2, (big book)の3, ------]のなかのある一冊
を表現するときに使われる。不定表現a big book には、other big
booksとの対比が意識されている。「大書物という区分
(category)に属する書籍のうちの代表例」がa big bookである、
といった感覚のはたらかせかたになる。定表現とされていない可
算化用法名詞(the big bookではなくてa big bookの場合)の感
覚は、カテゴリーとしてとりあげられているのだ、という感覚に
なる。不定表現では、その名詞がXであるとすれば、ティピカル
なXであること、カテゴリーとしてのXであることを示すことに
なる。

 The University Of TokyoとTokyo Universityとの間にlogicalな差異は
ない。文法上の定表現化specificationという概念は重要な問題となる場合
もあるし、そうでもない場合もある。遅刻の場合、3分遅れても3分5秒遅
れても大差のある問題には至らないが,科学実験の場合には5秒の差も大
問題になる可能性がある。これと同様に、文法上でのspecificationもこれ
が重大事になる場合もあるしそうでない場合もある。しかしこの
specificationという概念はいまも英語という言語のなかに生き続けている。


The University Of Tokyoという定表現の場合にみられるspecificationは
5秒の遅れを問題にするといった類に相当するものである。
これに対処する妙策は用法には忠実に従ってゆくが
これを過度に深く考えすぎないことにある。
(たとえば、ケンブリッジ大学の正式名称はUniversity Of Cambridge
であって、The University Of Cambridgeではない。
筑波大学もUniversity of Tsukubaと称していて、
The University of Tsukubaとは称していない。


Japanese historyは無条件にいつも定表現the history of Japanのように
転換されうるのではない。対象の意識のしかたによって不定表現history
of Japanも充分な頻度で使われる。しかし、I am studying the history
of English Literature (and not 'a').の場合のspecificationは
重要視する必要がある。


(参考文献)
  デニス=キーン・松浪 有. “‘ A’ and ‘The.’” Problems in
English ― An Approach to the Real Life,
29th impression. 研究社出版. 2002. P20-p37.
  織田 稔.『英語冠詞の世界』. 研究社出版. 2002.
  樋口昌幸=著. ゴーマン, マイケル=協力.『現代英語冠詞事典』.
    大修館書店. 2003.


● あとがき Postscript

  大山真弘和尚様ご主宰の幸福ニュースから引用させて
  いただきます:


*****************************
幸福ニュース(しあわせニュース)第327号 2005年9月23日
幸せへのヒント満載です。友達にも教えて皆幸福に!
*****************************


----------------------------------------------------------

   【泥棒に入られて自分を責めるミャンマー人】

 もう7年程前のことであるが私がミャンマーに赴任して間もない
頃ミャンマーの家には何処も窓に鉄格子が入り、高いブロック塀
の上に鉄の針や有刺鉄線を施し泥棒避けをしてあることに驚いた。
まるで牢屋のようだし、火事になれば窓から逃げられずに焼け死
ぬのではないかと心配した。

 しかし、ミャンマーに生活するようになってもっと驚いたこと
があった。それは、泥棒に入られて、泥棒を責めずに自分を責める
ミャンマー人に対してであった。

 敬虔な仏教徒であるミャンマー人は自分が泥棒に会ったのは前
世で何か悪いことをしたからに他ならない。だからその時の清算を
しなければならないから、泥棒に会うのは自分のせいだと考え泥
棒を許す。勿論全てのミャンマー人がそういう風に考える訳ではな
いが、このようなミャンマー人は意外に多い。

 私の家にも5回泥棒に入られた。干していた洗濯物2回、サンダル
一回、自転車一回、そして、日中に干していた毛布も門の鍵が掛
かっていたにもかかわらず、油断していた僅かお昼ご飯の一時間
ほどの間に盗まれた。サンダルを取られた時には、泥棒はわざわざ
これまで自分が履いていた、くたびれたサンダルを揃えて置いて
行ってくれた。

 私自身はまだそのような気持ちにはなれないが、意外とその考え
方は平和への近道ではないかと思う。

 普通の日本人にはこのような考え方は非常にネガティブで変に
映るかも知れないが、自分の人生に遭遇する全てを自分の責任とし
て捉えていること、自分の生命をこの世限りで捉えていない所は考
えさせられると思う。

 なぜなら、この考え方からはアメリカのような力による報復も
人を恨む怨念も生まれてこない。いま、多くの日本人が本当の豊か
さを求めるのは心が貧しいからであろうし、人生をこの世限りとい
う狭い了見で捉えているから、自分中心、お金中心の世の中にな
ってしまったのではないだろうか。

 仏教は輪廻転生の永遠の命と死に向かう心のあり方を教えてい
る。それを十分理解すれば死を恐れる必要もないし、毎年3万人以上
が自殺すると言う日本の社会のように、人々が死に急ぐ必要もな
くなるだろう。

 日本の社会がここまでおかしくなったことを考えれば、意外とこ
の辺りに人生を豊かにする、或いは、社会を良くするヒントが隠さ
れているのでないかと考える。

 人間は誰もが幸せを求めて生きてはいるが、結局幸せとは心が感
じるものだから、どんなに探しても自分の外には見つからないし、
お金や物で満たされることは決してない。

 お釈迦様は全てを悟られ涅槃へ行かれたが、私たちもまずはこれ
まで信じてきた間違った価値観を転換する必要があるように思う。
心の価値を転換しない限り人々の心に幸せは来ないし、平和な社会
も訪れない。

 仏教は「欲望」、「怒り」、「無知」を無くすことを説いている。
ミャンマーの伝統的な仏教社会が21世紀の私たちに教えてくれて
いることは、与える代わりに貰う(Give&Take)考え方ではなく、
お互いに与え合うことだけ(Give&Give)に拠って立つ新しい価
値観とその社会の在り方だと思う。合掌 (農苑長 平野喜幸)

----------------------------------------------------------



【仏語集】

 煩悩のきずなから逃れる第一の方法は、ものの見方を正しくし
て、その原因と結果とをよくわきまえる。すべての苦しみのもと
は、心の中の煩悩であるから、その煩悩がなくなれば、苦しみの
ない境地が現れることを正しく知るのである。

 見方を誤るから、我という考えや、原因・結果の法則を無視す
る考えが起こり、この間違った考えにとらわれて煩悩を起こし、
迷い苦しむようになる。(一切漏経)

----------------------------------------------------------

【坂村真民詩集】

《 大木 》

大木たちが
わたしに教えてくれた
一番忘れられない話は
根の大事さということであった
目に見えない世界と
目に見える世界とがある
美しい葉や
美しい花や
美しい実は
見える世界であるが
それらをそうさせる
一番大切なのは
大地に深く根を張り
夜となく昼となく
その木を養っている
幾千万の根の働きということであった
わたしは大木の下に座して
そうした話に聞き入り
元気をとりもどしては
また歩き出して行った
目をつぶると
それらの木々たちが
いまもわたしに話しかけてくる

----------------------------------------------------------

*平野先生の、国際援助体験からくる洞察には深いものがありま
すね。人間の本質にせまるものを、今までの外国での体験と農業
から得られたのでしょう。

*皆様のご意見、ご感想、ご投稿を
  rengein@uproad.ne.jp
 へどうぞお寄せください。お待ちしております。

*「投稿大歓迎!」 皆様の投稿は、できるだけ「幸福ニュース」
に掲載しようと思っております。読者と共にこのEメールマガジ
ンを作り上げていきたいと願っておりますので、御協力をよろし
くお願い申し上げます。
----------------------------------------------------------
コンサルティング・テンプル  蓮華院誕生寺
http://www.uproad.ne.jp/rengein/
rengein@uproad.ne.jp
*****************************


※ 大山和尚様、引用をお許しくだされましてありがとうございます。



● あとがきの2
  パソコンのハードデスクについて、ご専門のおかたから
  いろいろなご示唆、ご指導をいただきました。HDDが元気な
  うちに、つまり2−3年内に新品に交換してデータ転送をして
  おいたほうがよい、ということです。3年を経過しておりました
  わたくしのXPパソコンHDDも丸3年を経過して壊れました。
  壊れたHDDからのデータサルベージにはお金も時間も
  かかりました。またこれを機に通常使用のパソコンとしては
  VISTAにしました。また、これからもいろいろとどうぞご指導、
  ご示唆のほどをお願い申し上げます次第です。


● あとがきの3
  湘南通信の創刊は1996年12月のことでした。ほぼ11年が
  経過しました。現在は年48回の発行をさせていただいております。
  24節季―季節の移り変わりにうっすらとではありますが、
  すこしだけ、敏感になれたような気がいたしております。
  いま、9月の「白露」の時期、秋が本格化してきました。
  入道雲と筋雲のせめぎあい、せみの声と虫の声のせめぎあい、
  いずれも後者のほうが力を得てきたように感じられます。
  大空にたなびく筋雲が一段とうつくしくなりました。
  草むらに集く虫の音も一段と軽やかにうつくしくなりました。
●写真1:「24節季:白露」のおたより:落合勲様からいただきました。


トップページ
バックナンバー
エキストラ
メール
@Christy