湘 南 通 信
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@Christy

NO.409
平成19年9月23日
September 23,2007

● めぐりあいのふしぎ


1.真民さんからのメッセージ:

めぐりあい


人生は深い縁(えにし)の
不思議な出会いだ

世尊の説かれた
輪廻(りんね)の不思議
その不思議が
今のわたしを
生かしてゆく

大いなる一人のひととのめぐりあいが
わたしをすっかり変えてしまった
暗いものが明るいものとなり
信じられなかったものが
信じられるようになり
何もかもがわたしに呼びかけ
わたしとつながりを持つ
親しい存在となった

子を抱いていると
ゆく末のことが案じられる
よい人にめぐりあってくれと
おのずから涙がにじんでくる

めのみえない人たちとの
ふしぎなめぐりあいが
このごろのわたしに
かぎりない力をあたえる
手をにぎりあって
喜びあう
めしいの人たちとの
あたたかい交わりが
いまのわたしに
ひとすじのひかりをあたえる

めぐりあいのふしぎに
てをあわせよう


添削:by Prof. Dr. Dieter Riemenschneider さん
            Jan Kemp Riemenschneider さん
  ( )削除
 [    ] 挿入


Encounters


Life is a series of encounters,
 tied together by curious chance.

The doctrine of transmigration of souls
 [The doctrine of cycles of life],
 preached by Buddha [Gautama],
 is of miraculous wonder.
The wonder lets me live in peace as I am now.

I had an encounter with this great man.
The chance encounter has completely changed my life:
The darkness in the past
 has now changed into the brightness.
The unbelievable for me in the past
 has now become the believable.
Everything in the world, hailing me, closely linked with me,
 has become familiar (with) [to] me.

Hugging your baby in your arms
 will make you feel anxious about his or her future.
May this baby encounter a warm-hearted person!
Your wishing in this manner
 will somehow naturally bring tears to your eyes.

Miraculous encounters with those who have lost their eyesight
 has nowadays given me a limitless strength.
With our hands firmly together in a joyful pleasant manner,
 I now keep good company with those blind people.
The time with them, heart-warming and delightful,
 gives a beam of hope and glory to me at the present.

How miraculous it is to meet a man of heart by chance!
Let's put our hands together
 while thinking of this incredible wonder.


(補足):familiar to と familiar withについて

(1)ランダムハウス英語辞典の説明:  

familiar

【1】〈物・事が〉普通の,ありふれた,見慣れた,聞き慣れた,珍しくない;(人に)

よく知られている,おなじみの *of**:

a familiar sight 見慣れた風景
a familiar story ありふれた話
a familiar voice 聞き覚えのある声.

【2】〈人が〉(…を)よく知っている,熟知している,(…に)通じている *with**:

be familiar with a subject ある問題に精通している
It was too familiar a story for her to listen dispassionately. それは彼女
には身につまされる話だった.

【類語】
familiar 親しい知り合いであること.
confidential 打ち明け話ができるほどの相互の信頼感を示す:
a confidential advisor 頼みになる助言者.
intimate しばしば興味・同情・愛情などに基づく親密な交友関係や
間柄についていう:
intimate and affectionate letters 親愛の情のこもった手紙.


(2)LONGMANの説明

familiar
 
1 someone or something that is familiar is well-known to you and
easy to recognize
 *a familiar tune

 look/sound familiar
 *The voice on the phone sounded familiar.

familiar to
 *The signs of drug addiction are familiar to most doctors.
 *It was a relief to be back in familiar surroundings .
 *Beggars on the street are becoming a familiar sight .
 *This kind of situation was all too familiar  (=very familiar) to
John.
 *Her face seems vaguely familiar , but I can't quite place her.

2  be familiar with something
to have a good knowledge or understanding of something
 *Are you familiar with this type of machine?
 *I'm not really familiar with her poetry, sorry to say.



2.相田みつをさんから の メッセージ

ひとの世の幸不幸は
人と人とが逢うことから
はじまる
よき出逢いを

Happiness or unhappiness
in the world of humans
begins with
what people you meet with.
Good luck in your encounters!


● 英語母語者の潜在意識と冠詞の使い分け方の感覚(その5)

4 (a) This is a house Jack built.
  (b) This is the house Jack built.
 (c) * Shibuya is the place that young people like.
 (d) Shibuya is a place that young people like.
   
 (4a)のメッセージ内容:
 「ジャックは二軒以上の家をたててこれはそのうちの1軒で
ある」
 
 (4b)のメッセージ内容:「ジャックが生涯で建てた家は一軒で
ある」
 (4b)には、つぎのようなメッセージ内容も含まれている:「い
ろいろな人が建てたある一群の家々={集合: ジャック建立の家、
トム建立の家、ビル建立の家...}のなかで、この家はほかの人の建
てた家ではなくてジャックが建てた家である」
 
 (4c) *「渋谷は若者が好きな唯一無二の場所だ」
  このセンテンスははナンセンスである。
 (4d) 「渋谷は若者が好きな場所(のひとつ)だ」

 「関係詞節はspecifierとして機能する」という文法上の規則に
は柔軟な対応が要求される。機能する場合が多いことは事実では
あるが、上記の (2a) (2c) (3a) (4c) (と、あとの (6a))からも明
らかなようにそうでない場合も多い。対象をどう意識するかによ
って冠詞が使いわけられる、と考えるからである。村田(2005)に
も「先行詞の前の(不)定冠詞」と題する興味深い考察がみられ
る ―もっともこの説明内容には、テクストないしは文章の全体像
をあらかじめ眺めての遡及的分析になっている場合が
垣間見られるので、「言語を紡ぎ出す=英語をしゃべる、
左から右への流れにしたがって英語を書く、という作業」
のための直接の参考にはならない場合もあるかもしれない。
文法学者による規則教示のなかで,その文法学者が
なぜそのようなことが言えるのかと思うようなことに
出会うことがある。この背景には、文や談話の一切
始終を観察した後での分析に基づいているからだ,
という場合も多々あるように感じられる。

 「post-modifierによる限定が強い、
あるいは限定節や限定句がつく、
あるいは限定用法の節[a restrictive clause]がつくと、
先行詞に“the”がつき、post-modifierによる限定が弱いと
“a”がつく」という従来からの文法規則における
遡及的な説明の仕方は、
長年にわたる知恵の所産であって、
これも大切なポイントをついた内容を示唆しているが、
言語を紡ぎだしていく、という視点からみると、
混乱を招きやすい説明である、と言えることになるかもしれない。
 混乱を招いているとすれば、もうひとつの要因は、
「限定(用法の)節」「非限定(用法の)節」「制限(用法の)節」
「非制限(用法の)節」「限定が強い」「限定が弱い」
「特定する(specifyあるいはidentify)」「修飾する
(modifyあるいは qualify)」「後置修飾語postmodifier」
というような用語が多様に使われている点にある。
これらはいずれも、英文の流れに逆行する
下流から上流にむけての説明用語のように感じられる。

「限定(制限)節」に対しては「非限定(非制限)節」
というような用語があるので、この説明を聞いていた
学習者が「限定節ならば限定しており、
非限定節ならば限定していないと理解していた」のに、
「限定が弱いものにはaを使う」あるいは
「限定が強いものにはtheを使う」というような説明を
聞いたり読んだりするに及ぶと、これには、
一理はあって重要な感覚なのではあるけれども、
その学習者にはいくばくかの戸惑いが感じられて
いくようになってしまうのかもしれない。

 英語の参考書にはたとえばつぎのような説明記述がみられる。
この種の記述も学習者になにがしかの誤解をあたえて
いるのかもしれない。
 
・金谷(2002)
 theの用法(のひとつ):形容詞の働きをする句や節が名詞につく場合.
   例文: Who is the girl in the car over there?

・Berry (1993:30)
 The definite article is also used with nouns when it is the
phrase or clause following the noun (rather than a previous word or the
general situation) which indicates which thing the noun refers to. Nouns
with phrases or clauses after them are said to be qualified.
 《拙訳:定冠詞の用法の一:特定者指示の意味対象が
〈談話テクスト内の特定名詞語句〉あるいは
〈目撃・状況的・場面・文脈内の特定存在〉ではなくて、
〈名詞に後続する句や節〉こそが、特定者指示の意味対象となる。
この場合においても、定冠詞が使われる。
当該名詞に句や節が後続する場合、その名詞は
「修飾されている=qualified」と言う》
(これらの記述は、名詞のあとに、形容詞節や形容詞句の形式で
情報が追加されるとその種の名詞には、
例外なくtheがつく、のだ、という誤解を招きやすい。
また、後続の関係詞節による限定が強いと先行詞にtheがつき,
限定が弱いと先行詞にはtheはつかない(か、またはaがつく)と
いう教え方が一般的である[あった]とすれば、
学習者はまず強さ弱さの程度の判断に逡巡することになり、
次には、言語を紡ぐという観点に立てば
「名詞に冠詞がつく」という教え方には問題がありそうで、
新しい工夫(*)を加えた教え方の導入が必要になる。
 (*例えば「定表現を始動したときは、
(1) 対比を意識する表現となり、
(2)対象指定を文脈や場面などに求めないのであれば、
聞き手の同定を求めて、関係詞節、前置詞句などの形式を
利用して情報を追加せねばならない」
というような感覚を働かせることも大切なことではなかろうか。
こういう教え方、学び方によるほうが、
英語の紡ぎ出しが楽になり、
英語が理解できて聞こえてくる程度が増すのではなかろうか。
もちろん、練習鍛錬を伴ってのことではあるが。)


5 (a) “This is the book I bought yesterday.”
この表現はどんな文脈や場面のなかで使われるのであろうか。
  例えばある人が次のように発言したとする:
 “I bought a book yesterday.”
 これに対してそばにいた人がその人に次のように質問した
とする: “Which one is it?”
     そのときに、次のような返事がもどってくる:
 “This is the book I bought yesterday.”
 
 この最後の文にみられる “I bought yesterday”という情報は
単なる「つけたり」のようにも見える。specificationには関与し
ていないように見える。だから意味の上では、
 “This is a book I bought yesterday.”
 と同じ感覚になってしまう。
 英語の感覚構造は一筋縄ではないようにも感じられる。
 
  
6 (a) Look, this is a book I bought two years ago, and this is a
book I bought yesterday.
 これは、友人に対してある人が自分の蔵書を紹介している場面
での発話である。
  話し手は、それぞれの本に対して、関係詞節による追加情報を
発している。この二冊の本はtypes(=種類)として意識されて
いるように見える。英語母語者には、〈過去に購入した蔵書の集
合[カテゴリー]〉:〈蔵書の1=二年前に購入のもの、蔵書の2=
昨日購入のもの〉が直感的に意識されているのかもしれない。
これは、つぎのような感覚に類似しているのではないのか:〈美し
い花というカテゴリー〉:
〈花の1=a beautiful flower, 花の2=a pretty one, 花の3=a
lovely one, ------ 〉。形容詞節である“I bought two years ago”
と“I bought yesterday”とは、花の場合における形容詞の
beautiful, pretty, lovelyに類似した付加情報的なものではなか
ろうか。
 こういう語感は、(3b)でみた a rain in Spainにおいて、
in Spainという追加情報を名詞上流側に前置して、
a + (in Spain) + rainのように考察してみたときの
語感にイコールなのかもしれない。
いかにも微妙な感覚である。

(参考文献)
 村田勇三郎.『現代英語の語彙的・構文的事象』開拓社.2005. p52-p55.
 金谷 憲編著.『くわしい英文法 中学1〜3年 (新学習指導要領準) 』.
東京:文英堂. 2002. p21.
(英語の流れを遡及的に下流側から上流側をみた説明がみられる)
  Berry, Roger. Articles (Collins COBUILD English Guides 3).
London: HarperCollins Publishers. 1993.(重要な文献)


● 大山真弘和尚様ご主宰の幸福ニュースからです:

**********************************
幸福ニュース(しあわせニュース) 第258号  2005年2月3日
幸せへのヒント満載のEmail Magazineです。友達にも教えて皆幸福になろう!
**********************************

       

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

              【 宝くじ 】

 小林正観さんのお話に次のようなものがあります。人生の重要なポイント、
幸せや成功へのキーを含んだお話だと思いますので、紹介致します。

 『佐賀県の高島という小さな島に、宝当神社という神社があります。宝く
じが当たる神社として有名です。

 「宝当袋」というものを、島のおばあちゃんたちが手作りをして売ってい
ます。その袋の中に買った宝くじを入れて、宝当神社にお参りをするとご利
益があるそうです。

 ところが2002年、この宝当袋を縫っていたおばあちゃん2人に、なん
と、1億円の宝くじが当たりました。不思議ですが本当なのです。わずか人
口470人の島で、2人も1億円が当たったのです。

 この話のポイントは、「この袋に宝くじを入れてお祈りをした人に、宝く
じが当たりますように。この島を訪れた人が、幸せになってくれますように
。」と、心を込めて袋を縫っていたおばあちゃんに、1億円が当たったとい
うことです。

 自分のエゴを満たすだけの人には宝くじは当たらない。他人の幸せを願う
気持ちを持っている人にだけ、お金が運ばれてくるようになっているらしい
のです。

 本当に自分の生き方の問題として、「喜ばれる存在」になるという決心が
できた人には、必要なだけのお金がくるようになっているらしい。実際、高
島のおばあちゃんたちは、自分に幸運が舞い込みますように、と思って縫っ
ていたわけではない。

 「人の幸せを願っていたら、自分がまず先に幸せになってしまった。」と
いうお話なのです。』

 また、ある不動屋さんのこういうお話もあります。

 ある人がお店を出したくて、長年頑張って働いていました。ようやく資金
がたまって、念願のお店を構えようとしたのですが、いい場所なので値上が
りしていて、どうしても何百万円か足りません。早くしないと他の人にそこ
を買われそうです。

 それを見かねた不動屋さんは、今まで長年付き合ってお世話してきた事も
あり、奥さんの反対を押し切って、不足分の何百万円かを貸して上げたそう
です。すると不思議な事に、しばらくして、今まで長年売れなかった物件に
買い手がつき、貸した額と同じだけの儲けが入ってきたそうです。

 このように、天は不思議な現象を起こします。我を滅して、期待せずに何
か善い事をすると、別な面でお返しをして下さるようなのです。

 これは、ビジネスでも同じではないでしょうか。自分が儲かるようにと思
って売る人よりは、お客さまが得するようにと考えて行動している人の方へ、
たくさんのお客さんが集まるようです。成功した会社は、皆このポイントを
押さえて発展しているのではないでしょうか。

 我が少なくなればなるほど、また、人からしてもらうより人にしてあげる
ことが多くなればなるほど、成功や幸せも近づいてくるようですね。合掌



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【坂村真民詩集】

《 利他の心 》

どんないい果物でも
熟さなければ
食べられない
それと同じく
どんな偉い人でも
利他の心がなければ
本ものとは言えない


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

             【仏語集】

『自然体』( by 五井昌久師)


人を助けてあげよう
人々を救済しよう………という
勢いこんだ自我のある思いがある間は
本当はまだまだ小さき人間である
自分を真に知り尽くしたならば
そのようにはならないものである

助けてあげようという人も
救済しようという人々も
自分自身と一体になってしまうため
完全に差別化がなくなってしまうからである
差別化のある間は
助けてあげよう 救済しよう………という思いが
出てしまうものなのである

自分自身を知り尽くし
自他一体になったならば
身分の上下 金持ち貧乏などの差別はなくなり
先生と弟子などの関係も
霧の如く消え去ってしまうのである

自分が偉い人であり
悟りを開いた入であり
先生であり
師匠であり
指導者であり
教祖である……と思っている間は
まだまだ小さき人間である

少しでも生きる道を知り
真理を身につけると
誰でも教えたくなり
人々を救いたく思うのであるが
それに表裏一体となって
くっついて離れないものがある

自分が偉くなり
悟りを開いたように思い
先生や師匠や指導者になり
教祖のように思いこんでしまう
元来人を救うことのできるのは
人間ではなく神仏なのである
人間はただ神仏の道具となって
実行に移すのみである

これを感違いして
自分が偉い人になってはならない
あくまでも神仏の下働きであり
神仏の手足なのである
これを実感できないでいると
自分の心の中にデンと構えている
自己顕示欲の魔の牙にやられてしまう

このようにならないためには
いつも自分を振り返り
謙虚さをいっ時もわが心から離してはならない
そして神仏の道具に徹して生きていく
何のとらわれもなく
淡々とした人生を送っていく

人を助けようという思いが出たならば
神仏の思いなので気ばらずに実行に移せばよい
人々を救済しようという思いが出たならば
神仏の思いなので力まずに実行に移せばよい
その思いや行動の中に
「自我」を入れてはならないのである
あくまでも「自我」のない思いと行動が
神仏と共に生きることになるのである

まさに自然体の生き方である
自然体こそ神仏と一体になった
心と身体の姿である

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*今号はいかがでしたでしょうか。 皆様のご意見、ご感想、ご投稿を
         rengein@uproad.ne.jp
 へどうぞお寄せください。お待ちしております。

*「投稿大歓迎!」 皆様の投稿は、できるだけ「幸福ニュース」に掲載し
 ようと思っております。読者と共にこのEメールマガジンを作り上げてい
 きたいと願っておりますので、御協力をよろしくお願い申し上げます。
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     コンサルティング・テンプル 蓮華院誕生寺
       http://www.uproad.ne.jp/rengein/
         rengein@uproad.ne.jp
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● あとがき Postscript

 母はひろいな でっかいな


母はひろいな
でっかいな
全てのことを
包みこむ
だから
いつまでも
心の
奥底に
残ってる

母へのおもいは
おおきな
おもい

いつまでも
心に
ひろがる
おおきな
おもい
   (清水英雄)



Mother's Heart, Broad and Big Enough


Mother's heart was broad and big enough
to accept and contain everything conceivable.

That's why I am infinitely reminded of her,
deep in my heart.
My affection toward her is great and deep.

Infinitely it spreads broad and deep in my heart.
     (英訳:さかいたかひこ)
     (英文校閲:Frances Ford)
●写真1:スイスの山と街 ユングフラオ(4200m) と ベルン

●写真2:24節季秋分―書画のおたより:落合勲様(四日市市)からいただきました。


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