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● 英語学習辞書の問題点 ― 特に比較文について
Some problems of English Dictionaries for learners: with special
references to degree constructions
英語の比較表現を使って,英語の話し手としてあるいは書き手として,
英語を紡ぎ出してゆきたいとき,英語辞書はどの程度までの支援をしてくれるのだろうか。
どんな辞書であれ,受け容れることのできる字数の制限がある。
だから,この種のスペース制約条件は考慮すべき大切な視点である。
しかし,ここではこの現実の問題点を看過して,
ひとつの取り掛かりとして,比較表現に関しては
どのような情報を追加したりあるいは場合によっては
削除したりすることによって,現行の辞書をさらに使い勝手のよい
―いわゆるユーザー・フレンドリーな―辞書にしてゆくことができるのだろうか,
という点に焦点を絞り,これを考察の対象としてゆきたい。
たとえば,X is the same size as Y.とX is as large as Y.とを,
どのように使い分けすればよいのだろうか,
どのような場合や場面や条件のもとで
この二つの文のそれぞれを使い分けしてゆけばよいのだろうか,
意味の類似しているこのような二つの表現の使い分け方に対して,
辞書はどのような示唆を与えてきたのだろうか,
などといった内容に焦点をあててみたい。
考察する対象は以下の項目である。
1.同等比較の as ~ as
2.no more ~ than
3.X is not as ~ as Y. と X is ―er than Y.
4.no more than と as little/few as
5.no less/fewer than と as much/many as
1.同等比較の as ~ as
(1)
a. His car is the same size as mine.
b. His car is as large as mine.
c. What is the distance from the earth to the moon?
―It is 240,000 miles, about the same as circling the earth 10
times.
the same as ~ を使った(1a)のパターンと同等比較 (equatives)
と言われる as ~ as を使った(1b)のパターンとの間には,
どのような意味の違いがあるのだと認識して,
この両者を使い分けしてゆけばよいのであろうか。
辞書は,(1b)のX is as large as Y.というパターンにおいては,
largeが表わしている大きさの程度に関して
X=his carとY=my carが「同じくらい」
あるいは「同等」であることを示している,と説明する。
この説明から,X=his carとY=mineの関係は
その程度に関していえば,“「同じくらい」
⇒「≒」”, “「同等」⇒「=」” である,
というように読み取ることになる。
この理解の仕方でよいのであろうか。
「≒」とは,「≧」であってもよいのだ,という意味であろうか,
それとも「≦」であってもよいのだ,ということであろうか。
辞書に与えられている日本語による説明を
もっぱらの手がかりとして英語の意味のとりかたや
使い方を理解しようとするとこの種の疑問
や理解の間違いは限りなく起ってくる。
英語母語者は,XとYの関係はその程度に関して言えば,
“same or more” や「≧」というような感覚で
認識しているようである。
この意味では,equatives(同等比較構文)は
むしろcomparatives(いわゆる比較構文)寄りの構文に
近いのかもしれない。
しかし,このようなことを下記の(2a)~(2c)のような
辞書説明から読み取ることは不可能に近い。
(2)
a. ((比較)) [as...as A (does)] Aと同じほど…,
Aぐらい…, Aのように…
He has as much money as I do
[((英)) I have, ((略式)) as me, ((やや古正式)) as I].
彼は私と同じくらい金を持っている
(ジーニアス大英和)
b.〈as…asの形で〉...と同じ程度に, 同じくらいに.
He is now as tall as his father (is).
彼はもう父親と同じ身長だ.
My son is now as tall as I [me].
息子はもう私と同じ身長だ
(★...as I am. の短縮だからmeを用いるのは非文法的,
しかし(話)では普通).
He loves you as much as I (do).
私はあなたを愛しているが
彼も同じくらいあなたを愛している
([語法]この文のIをmeとすると
as much as he loves me. と解され,
「彼は私を愛しているが同じくらいにあなたも愛している」
の意味になる).
(新グローバル)
c. ((比較)) (と同じ)くらい, 同様[同程度]に
She is as tall as I [or I am,(話)me].
彼女は私と同じ身長だ
as I'm のような短縮形は用いない:
I love you as much as (I love) her.
彼女と同じくらい君も好きだ
【語法】
(1)I love you as much as John. は
as much as John loves you
(ジョンがあなたを愛しているのと同じくらい)の意とも
as much as I love John
(私がジョンを愛しているのと同じくらい)
の意ともなる.
ただし, as much as John does とすれば
このようなあいまいさは避けられる.
(2)誤解のおそれがない場合には(話)では,
as のあとに主格ではなく目的格を用いる:
She has as many books as me.
彼女は私と同じぐらいの数の本を持っている.
(ランダムハウス)
Celce-Murcia & Larsen-Freeman (1999)は,
つぎのようなMitchell (1990)の知見を紹介している。
この記述によれば,equatives(同等比較構文)は,
constructions of strict identity
(厳密な意味での「同等」を表わす構文)ではなくて,
a sense of “same or more”
(「=」もしくは「≧」の意味)を伝える構文である。
つぎの五例文のうちで,
(3c)はa contradiction(矛盾している表現)であるが,
(3d)と(3e)はfine(問題ない表現)である,
と指摘している。
(3) a. Mary is as tall as her father.
b. Mary and her father are identical in height.
c. ?Mary is as tall as her father. In fact, she’s shorter
than him.
d. Mary is as tall as her father. In fact, she’s taller than
him.
e. Mary is as tall as her father. In fact, they’re
identical in
height.
Mitchellによれば,
たいていの人は,(3a)と(3b)はsynonymous(同義)であるとみなす,
という。
ところが,
(3d)のようなpossibility(ありうる表現)があり,
(3c)のようなcontradiction(矛盾している表現)があり,
(3e)のような表現もあって,
これは少々tautological(類語反復)であるけれども
とにかくもこれもpossible(ありうる表現)である,
という。
このような観点から見ると,
equatives(同等比較構文)の実体は,
大方の文法書との関連で言えば,
もっとcomparatives(比較級を使った構文)寄りの構文である,
という。
八木 (1987) は,
as ~ asは, 程度に関し「等しい」という関係ではなく,
厳密に言えば「以上(≧)」という関係を表わす,と述べている。
いくつもの証拠を挙げてつぎののように説明している。
A.(4)は,もし「=」を表わすなら,
Johnと友人のすべての身長が等しい,
という現実には考えられない事態を指すことになる。
(5)が実際に意味する内容は「Johnは背の高さでは誰にも負けない」
ということである,
(Horn 1972, p. 41),と説明している。
(4) John is as tall as any of his friends.
(5)でandの前後が矛盾しないのも,
as ~ asが「≧」の関係を表わすためである,
(“I”は定年間近の郵便収集係),と説明している。
(5) …, but I can still get round the boxes as quick as any
of
them
and quicker than most.
(ポストを回る速さじゃまだ仲間の誰にも負けないし,
たいていの者よりは速いくらいだ。)
B.as ~ asが表わす「≧」の関係のうち,
「=」の関係を打ち消すことができる,として,
(6)の例文を挙げている。
(6) a. John has as much money as Fred; in fact he has more
/
*less.
―Smith 1974, p. 36.
b. Not only is John as tall as Bill, he’s (even) taller.
―Horn 1976, p. 42.
さらに,(7a)~(7d)によって,as ~ asの表わす
「≧」という非対称性を検証することができる。
very similarまたはidenticalを伝えるには,
普通は(7a)のような表現パターンが使われる。
(7a)においては,
X=his carとY=mineの間の対称的な関係が意識されるので,
(7a)は,ふつうは [X and Y]を主語にして,
(7b)のような構文にすることもできる。
同等比較構文(equatives) の(7c)においては,
これに対して,XとYの間に「≧」という非対称的な関係を
認識する場合は,
これを(7d)のような構文にすることはできない。
(但し,XとYの間に字義通り「同等」,“exactly the same”という
対称的な関係を意識するときは,
これを(7e)のような構文にすることもできそうである)
(7) a. His car is the same size as mine.
b. His car and mine are the same in size.
c. His car is as large as mine.
d. *His car and mine are as large.
e. His car and mine are identical in size.
(8a)は,X=the wave [津波]とY=the tops of the pine treesの高さが
たんに同じくらいであったということを伝えようとしているのではない。
the waveの高さを間違っても過小評価してはいけない,
という点が強調されている。
「the waveは,あの高い松の木々のてっぺんまでの高さに
負けないくらいの高さだったのですよ」
という内容を伝えている
―波の高さを強調している表現である。
このas ~ as の構文では,
聞き手は確実にthe waveもthe
tops of the pine treesも実際に高さがあったのだ,と解釈する。
すでに高さがあるのだと分っていた
the tops of the pine treesを基準として
the wave がいかにすさまじい高さになっていたのか,
それを伝えるのが普通はこのパターンの機能である。
(8b-c)には
「事実は小説よりも奇なり
⇒実生活のほうも
あの波乱万丈の劇作品の内容に劣らず
まことにドラマティックであった
⇒Life more dramatic than drama」
というような書き手の想い(「X≧Y」)
が込められているように感じられる。
(8) a. "On the day of the disaster, I was staying with
my
grandmother in a nearby village. I got very scared when I
saw the wave. It was as tall as the tops of the pine trees.
When it hit, I thought my grandmother and I were going to
die. Luckily, a pick-up truck stopped and picked us up.
Everyone in the car was crying in fear. We finally made it to
the top of the mountain safely," she said, still looking
frightened. (出所:www.unicef.org. 2005. 1.28.)
b. Arthur Miller’s life as dramatic as his plays
LOS ANGELES (Reuters)-Arthur Miller, who died Friday at
age 89, wrote plays as powerful as a Greek tragedy while
caught up in dramas of his own, including a doomed and
stormy marriage to sex symbol Marilyn Monroe. (出所:The
Daily Yomiuri. 2005. 2.13.)
c. In his 1987 autobiography "Timebends," he wrote
vividly
and
painfully of his 1956 to 1961 marriage to Monroe, describing
her as a woman haunted by ghosts of an unhappy childhood
that eventually destroyed her. He described himself as a
hapless onlooker, unable to save her or in the end endure her
rages against him. She was, he said, the saddest woman he
had ever met. His account of their marriage was as powerful
as any drama he penned. (出所:The Daily Yomiuri. 2005.
2.13.)
Swan (1995) は,(9)のような説明をしている。
この説明は,as ~ as …という構文は,
二人,または二つのものが何らかの点で等しいことを
表わすのに用いる,という一般的な説明であって,
詳細にわたる追加の説明は割愛しているようにも思われる。
(9) We use as … as … to say that two people or things
are equal in some way.
She’s as tall as her brother.
Is it as good as you expected?
She speaks French as well as the rest of us.
― Swan (1995, p. 36.)
この説明中のequalの意味内容は,
(10)の日本文の意味内容の程度までの
広義性を包含しているのかもしれない。
「似たり寄ったり」「---並である」
「そこそこにやっぱり---である」
のような意味も包含するequalである,
ということなのかもしれない。
(10b)は
「仙台は静かな街だというイメージがあるかもしれないが,
仙台市街だって日本のどの街にも劣らないような
同じ騒がしさがありますよ」というほどの意味内容で,
仙台市街の騒音だってけっこううるさい―猛烈にうるさい,
というわけではないが,まあ中規模くらいの騒がしさは
けっこうあるのだ,という点を強調しているのだ,
と言える。
(10) a. Is Sendai a quiet place?
「仙台は静かなところですか」
b. No, it’s as noisy as any other Japanese city.
1. 「いいや,ほかの街と似たりよったりですね,
けっこううるさいですよ。」
2. 「いいや,ほかの都会並みですよ,
うるさすぎるってわけじゃないですが。」
3. 「いいや,ほかの街に負けず劣らず ですな,
やっぱり,まあそこそこにうるさいですよ。」
(to be continued)
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