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● あとがき Postscript
● あとがきの1
早稲田、駿河台、奥秩父−立冬の風情
(Dr)藤枝和夫先生からいただきました:
木枯らしと立冬が二人並んでやって参りました。
これからは風に注意します。
ピーターセン教授(明治大学)の国際理解促進賞優秀賞受賞は、
学術にも親善にも微笑ましい成果です。
永年の研鑽が纏めら何よりです。
「一将功なりて万卒枯る」と戦争の成果を表現する言葉が中国にありますが、
平和的な成果は最高ですね。
湘南通信の情報を頂き、18/11/11/13:00-17:00,
160円の路面電車を往復利用し、早稲田大学19号館202教室での第6回言語文化教育学会に参加しました。
国際教養学部長スノードン氏による開催校挨拶を冒頭に、
荻原稚佳子言語文化学博士によるATCFL-OPI(口頭運用能力テスト)、
中野美知子教養学部教授によるWeTECが、
IRTに基づいたTOEICの早稲田版という内容で紹介されました。
お二人とも、早稲田大学教員の特徴(?)を備えた女性で、
私は参加した意義が大いにありました。
日曜日は、駿河台を歩きました。
つなぎ目のない紺碧の空に魅せられ、ハナミズキの街路樹が続く淡路道を登りきると、
お茶の水駅前で鐘の音が鳴り始めました。
ニコライ堂を訪問すると日曜日午前10時から恒例の聖体礼儀でした。
正装したスラブ民族系の信徒が、
遅れ気味ながら三々五々に教会を目指し紅梅坂を上ってきます。
大聖堂の門を入るとき、十字を二回きって跪く仕草は、二礼二拍手一拝の神社神道の様式と類似でした。
ニコライ堂の荘厳さを、いま始めて知ったと言うのが喜寿を目前にした私の感想でした。
正式には、日本ハリストス正教会と呼ぶ重要文化財ですが、
今までは、池田坂のニコライ学園としか知りませんでした。
堂内見学を申し込むと「聖堂拝観は聖体礼儀が済むまでお待ち下さい」
それまでこれをと「東京復活大聖堂教会にようこそ」の資料を手渡されました。
15分ほどで鐘の音が止むと、聖堂内部に案内されました。
資料によれば、左右に配置された聖像は関東大震災や戦災後に復旧ものとか、
原本はキエフの聖ウラジミル大聖堂にあるとか。
見学者用の席から両手を合わせて礼拝すると、
信徒でなくても迷いや雑念がフッ切れ正教の精神が高まる思いでした。
思い返してみると、威儀を正して礼拝したり参拝する信仰行為が、
自分の周辺に欠けている事に気が付きました。
ニコライ堂に隣接する杏雲堂病院や佐々木研究所は、
新装の玄関前を創立者や文化勲章を受けた佐々木一族の胸像で飾っていました。
雁木坂と言われた頃の、病院前急坂を通院したヒトの苦労を偲びました。
喉の乾きを、新お茶の水ビル21階の「銀座アスター」で癒しました。
ニコライ堂は近過ぎて見えにくく、目前にあるのはは明治大学のリバティータワーです。
明治初期に創設されたニコライ堂や杏雲堂病院は、
旗元屋敷であった駿河台の近代化に方向付けを果たしています。
ニコライ堂の鐘の音とともに駿河台の発展に両手を合わせ、祈りを捧げたいと思いました。
昨日は、奥秩父の山を歩き、落葉を踏みしめ、
裸のデカカンバを眺め、
初雪の洗礼を受けました。
ロッジの飼い犬が山中を駆け回り、
四つ足の野生と機動力のデモをしてくれました。
二本足では到底敵いません。
● あとがきの2
ロシアの歌:近藤雅子さまからのプレゼントです。
森のかえで
作詞 シュベドフ
作曲 マカロフ
1.森にしげる楓
白樺の木したい
想いこめ肩寄す
肩寄す楓と白樺
2.夏の暑さおゝう
楓のこずえよ
つぐみの歌朗らに
朗らかに星輝くまで
3.はげしきあらしに
吹きつのる風うけ
白樺をかばいて
かばいて強く立つ楓
4.森のざわめきに
白樺の思い
年ごとに花咲く
花咲く楓に捧げて
ロースナアプーシケローシチイクリョーン
ウベリョースクウプゥイルトットクリョンウリュブリョーン
ベリョースカクドゥルウゲーナプレ
チョーニェーラススクロニヤーニェー
ラススクロニャーラスガリャ
チョーベリョースカクドウルグーナプレ
チョーニェーラススクロニヤーニェ
ラススクロニャーラスガリャチョー
ロシヤ民稲の伝統的な形式に従って、
男性をかえで、女性を白樺にたとえて
歌つたもの。
マカロフ(一九〇八年)は
ヴオルガ河畔のチエチューシ生、
青年時代は輸送機関で働き、
のちモスクワ音楽院で作曲を学ぴ、
戦後すぐれた歌曲を多く書いている。
インターネットの
うたごえMIDI 「ロシア民謡」特設コーナーで
メロディーを聴くことができました。
● あとがきの3
San Diegoご在住の倉橋大兄さんからです:
私のメール拙文(和文)に対して
あっという間に
英文を添えてくだされまして
それを
BLOGにご掲載くだされました。
アメリカ生活40数年、すばらしい
バイリンガルであられます。
すごいなあ、と感嘆します。
なおこのメール拙文は、
宮崎里司.
『外国人力士はなぜ日本語がうまいのか
(新装版)』(明治書院、2006).
をベースにさせていただいて作成いたしました
文章です。くわしくは、どうぞ同書を
ご覧下さいますようお願いいたします。
以下、どうぞご覧くださいますよう:
San Diego, CA 11/7/06
外国語を身につけるには
To master a foreign language,
機会に出くわすこと、
使う質と量
および差し迫った必要性
の三つの要素が必要のようです。
it seems to me that there are three necessary ingredients;
exposure, usage in quality and quantity, and urgent need.
(外人)相撲力士にはこの三条件がぴったりとそろっている感じがします。
With gaijin Sumo wrestlers, all these three ingredients are
met;
完全な没入、total immersion,
学ぼうとする強いやる気、strong motivation to learn,
言語の障壁を乗り越えるために種々の資源を探る適応性と能力
and adaptability and ability to tap a variety of resources
to overcome the language barrier.
松井やイチローは日本語をつかってしまう時間がけっこうあるように感じられます。
Matsui and Ichiro seem to have plenty of time to use Japanese.
試合後の会見にはどうやら通訳がご活躍のようです。
Their interpreters appear to be busy in their press
interviews after games.
でも単独で英語でお答えになることもあるとか。
On some occasions, however,they seem to answer questions in
English
on their own.
そのほうが人気がでるようですから。
Because it would lead to more popularity that way.
これをあまりやらなかったのは佐々木だったようです。
The one who didn’t do so very much was Sasaki.
佐々木は英語でのインタビュウにめったにでてこなかったとか。
He rarely showed up for interviews in English.
で、わりにはやく日本に帰ってきてしまいました。
So he came back to Japan relatively soon.
関取の日本語の習得に際しては
(彼らの親方の)おかみさんのめんどうみが一番の特効薬になっているようです。
In the case of ranking sumo wrestlers learning Japanese,
their master wife’s caretaking seem to be the most effective
remedy.
力士はよそ者から内輪者になるのですが、
The sumo wrestlers become from outsiders to insiders,
野球の選手はいつまでたってもよそ者です
whereas baseball players remain outsiders forever.
そこに違いがあるようです。There seems to be a difference right
there.
野球選手はお金が目的であって文化的な経験には関心がない。
Baseball players play for money,and are not interested in
cultural experiences.
まあ日本人でアメリカへ行くのはMLBのバックアップをしているだけかもしれません。
It seems that Japanese players who go to America
may be just playing backup in the MLB.
力士は職業そのものです。
Sumo wrestlers pursue nothing but their occupation.
日本にできるだけ長くいたいとおもっているし里帰りもほとんどしない。
They want to live in Japan as long as possible,and almost don’t
go home to see their parents.
通訳もいないから生きてゆくにはどうしても日本語が必要です。
Without interpreters, it is absolutely necessary
for them to learn Japanese by all means for survival.
.野球選手の場合は、
英語であろうと日本語であろうとそれをマスターしたひとはほとんでいない。
In the case of baseball players, whether it’s English orJapanese,
very few have mastered either as a second language.
日本人の女性と結婚した米人選手に日本語がうまくなったひとがいるそうですけど。
There are some American players who got married to Japanese women
and became proficient in Japanese, I heard.
まあそういうひとは野球をやめてからもビジネスの場でも活躍できている。
Well, they are successful in business as well after they ended
their
career in baseball
.大リーグで活躍した新庄も日本という逃げ場があったから
英語はうまくなれなかったでしょうね。
Shinjo, who played well in the MLB,
did not become proficient in English because he had Japan as
a
safe haven.
相撲の力士には逃げ場がない。
Sumo wrestlers have no such haven.
モンゴルへ戻ってもまた相撲で生活してゆけるわけではない。
Even though they return to Mongol,
they cannot make a living in sumo wrestling there.
だから力士はあんなに日本語がうまい。
That’s why they are so good at speaking Japanese.
趣味とか教養という感じではことばを獲得することは無理だなあ、と思います。
I think learning a foreign language based on interest or education
alone
is not compelling.
赤ん坊のひたむきさが要りますね。
We need single-mindedness like a baby.
生きてゆくためには赤ん坊も必死ですね。
He or she is driven by the survival instincts.
差し迫った必要性の場を擬似的につくり、
言語の露呈と使用への質量をあげるための方策はいろいろと考えられているわけです。
By simulating situations of urgent necessity,
various measures to improve the quality and quantity
of language exposure and usage have been thought out.
翻訳本があっというまに出てくる日本では
In Japan where translated books show up in a flash,
それがまたビジネスとして成立するわけですから、
it can become a profitable business as well
日本人は原書をあまり読まない傾向がありますね。
and consequently the Japanese are unlikely to read books in
the original language.
ネット記事もあっというまに翻訳されてしまっています。
Net articles are also translated in a flash.
翻訳ソフトやweb辞書が発達してかえって英語なんかやらなくても、
という雰囲気すら感じられます。
Thanks to the development of translation software and
web dictionaries,
I even detect an atmosphere in which some people think
that they don't have to learn English.
これが北欧三国の場合でしたら
人口がそれぞれ数百万ですから
もともと翻訳市場が成立しない。
In the case of Scandinavian countries,
each has only several million people
and inherently the translation market cannot not hold.
だからひとびとは英語で読むしかない。
Accordingly people have no choice but reading in English.
まさに差し迫った必要性があって小さな子も英語の絵本をよむわけです。
Indeed there is an urgent need,
and small children read picture books in English.
翻訳された絵本なんてほとんど存在しないわけです。
Translated picture books almost don’t exist.
* 編集者(=Kurahashi-san)の注
Editor’s note:ESL Global Initiative は、
日本人の皆さんの為に21世紀の実用英語教育を推奨しています
ESL Global Initiative is promoting
a 21st century practical English education for Japanese people,
この教育では、学習者は即座に
Internet上で英語の世界にまず飛び込んで、
in which learners immediately jump into the world of English
over
the Internet,
新しい物事や考えを学び、他の文化も理解して
learn new things and ideas, understand other cultures,
とりわけ英語で自己表現が出来るようになります
and above all become able to express themselves in English.
二ヶ国語方式の採用により、
Text-to-speech software, iTunes, iPod, Skype
などの助けを借りています。
by taking a bilingual approach aided by text-to-speech etc.
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この記事のURL:
http://blogs.yahoo.co.jp/kurahashi101/5628611.html
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