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@Christy

NO.375

平成19年1月6日
January 6,2007

Benjamin Franklin(1706-90):
 To love life is to love time.
 Time is the stuff life is made of.

● 金子みすゞさん の詩情とその英訳
     (英訳:坂井孝彦、英文校閲:Frances Ford)

90.さびしいとき

わたしがさびしいときに、
よその人は知らないの。

わたしがさびしいときに、
お友だちはわらうの。

わたしがさびしいときに、
お母さんはやさしいの。

わたしがさびしいときに、
ほとけさまはさびしいの。

(できあがり)
When I FEEL Lonesome

When I feel lonesome
the unrelated are unaware of it;

When I feel lonesome
most of my friends laugh at me;

When I feel lonesome
Mother is kind-hearted to me;

When I feel lonesome
Buddha lets me recognize
that He is always solitary.

91.水すまし

一つ水の輪、一つ消え、
三つまわれどみな消える。

水にななつの輪をかけば、
まほうはあわと消えよもの。

お池のぬしにとらわれの
いまのすがたは、水すまし。

きのうもきょうも、青い水、
雲は消えずにうつるけど、

一つ、二つ、と水の輪は、
一つあとから消えてゆく。

(添削)
A Water-spinner

As soon as he completes a new ring on the water
he sees the earliest one he made disappearing.
Now he has formed three (of削除) rings,
but each one of them is, one after (another) [⇒the other],
disappearing.

His description of seven successive rings on the water (in sight)
[⇒at
once]
is said to (burst) [⇒break] the spell cast on him, like a bubble.

He is in captivity of the guardian spirit of the pond,
now disguising himself as a water-spinner.

Yesterday and today as well, on the blue water,
clouds were and are afloat without disappearing,
while the former of the two successive rings afloat on the water
disappears as soon as the new one is described.

(できあがり)
A Water-spinner

As soon as he completes a new ring on the water
he sees the earliest one he made disappearing.
Now he has formed three rings,
but each one of them is, one after the other, disappearing.

His description of seven successive rings on the water at once
is said to break the spell cast on him, like a bubble.

He is in captivity of the guardian spirit of the pond,
now disguising himself as a water-spinner.

Yesterday and today as well, on the blue water,
clouds were and are afloat without disappearing,
while the former of the two successive rings afloat on the water
disappears as soon as the new one is described.

92.葉っぱの赤ちゃん

「ねんねなさい」は
月の役。
そっと光を着せかけて、
だまってうたうねんねうた。

『起っきなさい』は
風の役。
東の空のしらむころ、
ゆすっておめめさまさせる。

昼のお守りは
小烏たち。
みんなでうたをうたったり、
えだにかくれて、
また出たり。

ちいさな
葉っぱの赤ちゃんは、
おっぱいのんでねんねして、
ねんねした間にふとります。

(添削)
Leaflets in Babyhood

"Good night, babies."
The moon, as a nursemaid,
gently helped them,
(in company with) [⇒accompanied by] a lullaby sung in her silent
voice,
to put on moonlight robes.

"Wake up, babies."
The wind, as a nursemaid,
shakes them out of their sleep
at the first gray of dawn.

In the daytime
they are nursed by birds,
who, all together, sing songs
now in sight, and now out of sight, on the sprays.

Tiny leaflets in babyhood,
given a suck or rocked to sleep,
put of weight (in the) [⇒while] sleeping.

(できあがり)
Leaflets in Babyhood

"Good night, babies."
The moon, as a nursemaid,
gently helped them,
accompanied by a lullaby sung in her silent voice,
to put on moonlight robes.

"Wake up, babies."
The wind, as a nursemaid,
shakes them out of their sleep
at the first gray of dawn.

In the daytime
they are nursed by birds,
who, all together, sing songs
now in sight, and now out of sight, on the sprays.

Tiny leaflets in babyhood,
given a suck or rocked to sleep,
put of weight while sleeping.


● 吉田光江さん(横浜金曜クラブ)から教えていただいたこと:

集中

問題点が
はっきりすれば
答はおのずと
与えられてくる
   (作:柴田宋休)


● 和英翻訳練習帖『二十一世紀に生きる君たちへ』

吉田光江さんからご提言をいただいて
司馬遼太郎の『二十一世紀に生きる君たちへ』
の和英翻訳をしました。
和英翻訳を終えてしばらくたってから、
実はこの本はすでに翻訳出版されていることがわかりました。
「ロバート・ミンツァー氏訳 / ドナルド・キーン監訳」
の翻訳でした。

そこで、この名訳と坂井の拙訳を
おそれながら恥をさらして比較させていただき、
和英翻訳練習帖とさせていただきたくお願いいたします。

二十一世紀に生きる君たちへ  
司馬遼太郎(発行:司馬遼太郎記念館)
(坂井訳、以下S訳とします)
To young people: Lead worthwhile lives in
the world of the twenty-first century.
⇔ (ロバート・ミンツァー氏訳 / ドナルド・キーン監訳、以下D訳とし
ます)To You Who Will Live in the 21st Century

私は、歴史小説を書いてきた。
(S訳)I have been a historical fiction writer.
⇔ (D訳)I have been a writer of historical fiction.

もともと歴史が好きなのである。
(S訳)I am in love with history by nature.
⇔ (D訳)I have always liked history.
※なるほど、現在完了形を使えばすっきり
あっさりの翻訳になりますねえ。

両親を愛するようにして、歴史を愛している。
(S訳)I love history in the same way as I love my parents.
⇔ I love history the way I love my parents.
※なるほど、the wayを使えば、
すっきりした翻訳になるんですねえ。

歴史とはなんでしょう、と聞かれるとき、
「それは、大きな世界です。
かつて存在した何億という人生が
そこにつめこまれている世界なのです。」
と、答えることにしている。
(S訳)Whenever I am asked what on earth history is,
I take the liberty to give a reply like this:
It is a large-scale world where the lifetime
records of hundreds of millions of people,
who once lived, are closely packed.
⇔ (D訳)Whenever I am asked what history is,
I always reply that it's a big world,
a world crammed with the lives
of the billions of people
who lived before us.

※1.なるほど、関係詞の多用を戒めて同格構文を使うようにすれば
文の流れが冴えてくるようですね:
"it's a big world, a world crammed with
the lives of the billions of people…" 
今後ぜひマスターしたい形。
2.何億(人):(S訳)hundreds of millions of peopleのように
律儀に訳さなくともよい―
数の多いことを強調できればよいのであるから,
(D訳)the billions of peopleの方がすっきりしていていいですね。
読んでくださるお客さまの立場にたっての
翻訳が大切なのですね。(to be continued)


● aging is beautiful

BAA
社団法人
ビューティフルエージング協会

の会報(2007.1)から:

(事務局長 寺澤真太郎さまのご許可を
いただきまして、転載させていただきます)

125歳に向かって

会長 渡辺弥栄司

私はこの1月で90歳になります。これから35年生きると、125歳になります。せっ
かく、こんないい国、目本に生まれたのだから、何とか頑張って長生きしたいと思っ
ています。125歳までは生き抜いてみたいです。

90歳まで生きてみると、健康で生きる極意のようなものが、少しずつわかってきたよ
うな気がします。くよくよしないで、楽しく生きるしか方法がないと思います。愚痴
を言わないことは絶対に必要です。愚痴を言う人は神様がおきらいなのです。神様に
きらわれれば、どうしても長生きはできません。なるべく人に親切にして、友達を大
切にしなければなりません。人間は誰でも欠点はあるものです。それを気にしていて
は、長生きはできません。人の欠点は余り問題にしないで、人の長所に関心を持って、
敬意を払うことが必要なのです。そして、その人と仲良くなる。仲良くなって、その
長所を何とか学んで、自分のものにしていく。それができれば,あとは根気よく多く
の人たちとつきあって,その長所を真剣に取り入れていくことです。

私は十人兄弟姉妹の家に生まれて,ちょうど真ん中ごろであったため,多くの人たち
の渦の中で育てられました。皆で楽しく,生活していくためには,喜んで我慢するこ
とが必要です。私はお父さんやお母さんからその極意を習ったように思います。だん
だん要領が分かってきました。なるべく明るく楽しく,親切に,前向きに,十人兄弟
姉妹のなかで,健康に楽しく生きることができれば,学校に入ってもみんな何とかな
ります。また世の中に出ても全く同じことなのです。

とかく人は、何とかうまく立ち回って,自分に有利にできないものか、などと小知恵
を利かそうなどと思うから、ものごとが逆転してしまうのだと思います。他人に親切
に、自分に自信をもって、楽しく生きていけさえすれば、あとは神様が何とかして下
さいます。

また、その長生きをするための体づくりも大切です。億劫がって車ばかり乗っていて
はいけません。少しでも時間があれば、背筋を伸まして歩いて下さい。また、柔軟性
も必要ですから、真向法体操にも挑戦してみて下さい。体が柔らかくなれば、心も柔
らかくなる。物事を柔軟に考えることが出来るようになります。また、人生観も変わ
ってきます、更に、食事にも心がける必要があります。なるべく編食をせず、また食
べすぎはいけません。腹八分におさえるようにしましょう。

年の初めにあたり、皆さんも目標年齢を決めて、それに向かって成長していきましょ
う。せっかくこの世に生まれてきたのですから、少しでもこの世の中を楽しもうでは
ありませんか。いつまでも健康で若さと夢にず益れ、明るく生き生きと楽しそうに生
きるのです。

今年も皆さまといろいろな場所でお目にかかると思います。ビューティフルエージン
グの仲間として,お互いに夢と希望に溢れた姿でお目にかかりたいと願っています。
どうぞ,今年も宜しくお願いいたします。


お話のなかの第二段目のところがいいですね。
90歳になられてご自分の心眼に見えてこられた
愉しく健康に暮らしてゆくための本質といいますか、
その極意についてわかりやすくお話くださって
いるように感じました。


● あとがき Postscript

● あとがきの1

前号におけるドイツ語綴りの訂正:

正保 富三先生から下記のような
ご指摘をいただきました。
まことにありがとうございます。

>uber Sciller's Ode は

uber Schiller's Ode
>
>sondern lasst uns angenehnere anstimmen, は

angenehmere

の誤りだったですね。
あら捜しばかりやっているようですみません。

正保 富三


(坂井):
ありがとうございます。
先生のご慧眼、ほんとうに
すばらしく、
いつもいつものご指摘、ご指導に
こころから感謝もうしあげます。

このドイツ語は、
英語と日本語だけを認知するスキャナーを
つかってコピーしましたので、
ドイツ語はすべてミススペル語と判定されてしまって
おりまして、手作業で修正をかけました。
そのときのわたしの鈍い眼力が
ご指摘のようなミスを誘いましたものと
認識しました。

これからも満点はなかなか
とれそうにもないのですが、
どうぞいろいろとお助けくだされますように
お願いもうしあげます。

● あとがきの2

(前略)(いま日本では)国中で不満を言い争っているような
感じがあって、自分もその一人かと思うと情けなくなる。
マスコミニュケーション社会の難しさなのでしょう。
手に確かな手触りさえあれば、それが小さなことで
あっても人とつながりうる、やがては大きな力に
なりうる、そのように考えられることが少なくなって
きました。テレビがそうです。映像をマスの表現だと
誤解して、なんでも既知のものとして、知ったつもりの
社会を作っています。映画も「見えるもの」を
相手にしていますが、誰しも同じように見えている
ものなどないと、私は考えています。(後略)
(出所:小栗康平=映画監督、「放射線」
東京新聞、12−26−2006)

※ 同窓会などの仲間うちでの集会では、
マスコミ情報をベースにした不満を
言い争っているような感じがあって、
次第にしらけてくることもあります。
マスコミ社会の難しさなんでしょうね。

● あとがきの3
(テニスなどで)
0(ゼロ)のことをなぜラブと呼ぶの?

ラテン語の「アブ・オボ」(ab ovo)ということばが
使われた、という説です。
「アブ・オボ」とは「最初から」という意味です。
しかも、「オボ」は「卵」の意ですので、
もともとは「卵から」という意味だったというのです。
それは「古代ローマ人の饗宴では卵を初めに出した」
ことに始まるというのです。
フランス語の「ロエフ」(卵)、その転訛と考えられる
英語の「ラブ」の原点はラテン語の「アブ・オボ」にあるという
しだいです。
つまり、「卵」が先で「ゼロ」があとだ、というのがこの説の
鋭いところです。修道院で考え出されたゲームだけにラテン語の
「卵」=「初め」が「ゼロ」の代わりに使われたというのもうなずける話です。
(出所:稲垣正浩.『0(ゼロ)のことをなぜラブと呼ぶの?』
大修館書店. 1991. pp. 10-15.)

上記について
語学の達人、目黒暁三大兄さん(上海で社長業をされている
超おいそがしいビジネスマンのおかた)から
つぎのようなコメントをいただきました:

(引用はじめ)
ab obo [正しくは ab ovo] を見て、卵は全ての始まりだと私は直感的に
思いました。イヤ鶏が先だという意見があるかもしれませんが
仮に突然変異が出るにしても、成鶏が突然変異するのではなく、
卵から変異が始まるはずです。
尚、ラテン語で abという単語は前置詞でfromの意味で
Ovoは卵の原形ではなく、ovum(主格)の第6格(Abrativus)です。
Abが前にくると必ず第6格に変形させて使うので「ab ovo」となります。
全ては卵から始まるので、zeroと同じ意味ととるのは如何。

ラテン語の字引で「卵」を」確認したら
卵の主格は“Ovum”と出ていました。
ovumのabrativus(奪格)はovoです。
従ってab ovo と書くのが正解です。
決してoboではありません。
(引用終わり)


(坂井):
いいお話ですね。さすがに語学の達人のお話には含蓄がありますね。
こころからの御礼を申し上げます。

● あとがきの4

   俳句の成田興直さん(名古屋市)から
   いただきました名句です:

『転寝に 福を分け合う 宝船』
(正月は明るい内からおそと気分で、ついうたたね
をして夢で七福人にお会いし、宝の船に乗せて貰い、
残りの人生を人の幸せの為に尽
くしたい。こんな気持を詠みました)

読売新聞九月四日掲載句
『返信に 納涼一句 あなかしこ』
(7月に中学時代の同窓会が開催され、
担任の女先生にお会いし、
その後に手紙を頂いたのを
俳句にして投句した所、
はからずも入選しました)
                  成田興直拝

※ たびたびのご入選、ほんとうに
おめでとうございます。清澄なおこころのうちが
温かな句風を呼ぶのでしょうか。

● あとがきの5

小林薫先生(産業能率大学名誉教授、SAM日本チャプター会長)
から、「人生の節目での詩歌」というタイトルの
「SAM NEWS Winter 2006」に掲載されました
玉文をご恵贈いただきました。
(SAM = Society for Advancement of Management)

一部ですが、抜粋させていただきます:

・大学を出られたころ、熱海での句会で:
「青き一瞬固唾(かたず)呑む稲光」
(お褒めにあづかられたので強い印象が残って
おられるそうです)
・1990年欧米ロシアへの調査旅行における週末句会で:
「柳絮(りゅうじょ)舞い微睡(まどろみ)浅き白夜かな」
(リーダーの金森久雄先生が賞賛くださった一句だそうです)
・その後の人生の苦しみと喜びの混じる連作:
「ひらひらの花びらまでも我を避け」
「春雪や今生きずしていつ生くる」
「抜歯後の微かな痛み春の癒え」
「若緑いかなる舞を今日はせん」
「這い出でて泥にまみれし梅雨の朝」
・朝日、日経の投句欄にも年に1、2回入選
掲載をされてこられたそうです。

※ 天下の大先生におかれましても、
「ひらひらの花びらまでも我を避け」
「這い出でて泥にまみれし梅雨の朝」
のようなご心境のときもあられるんですね。
経営の大先生が詩歌をこよなく
愛でられる、ことがわたしのような
非力を痛感する者にはとても嬉しく感じられます。

● あとがきの6

久我雅紹先生(亜細亜大学教授)から
『カスタリアの泉』というタイトルの
冊子をご恵贈いただきました。
先生が13日間にわたるギリシャ紀行されたときの
詩文が27ページにわたって掲載されています
美しい冊子です。装幀・装画は池田満寿夫氏が
ご担当されています。

この玉文を拝見しますと
ギリシャへの憧憬がいっそうつのるような
気がします。

一部を、ごく一部ですが、
ご紹介させていただきたくお願いいたします:

(p2-p3):
ついにギリシアにやって来た
三十七年の思いの果てに

この国に来て
再びことばがあふれる
知ることのよろこびを
再び思い出す
私は確かにギリシにやって来たのだ
今は旅の始まり

私は失われたものへのレクイエムを
歌うために来たのではない
マケドニアの栄光
詩人や賢人たちの偉業
そして
この空と海を讃えるために
やって来たのだ

(p17):
私は眠れない
それは
黄金の仮面のせいでもなければ
王家の墓のせいでもない
ギリシアにいて
ギリシアを生き
ギリシアを呼吸するするため
私は眠らないのだ

(p22-p24)
ナフプリオンの夜
炭火で焼かれた新鮮な魚
樽から運ばれる自慢の葡萄酒
饗宴は最高潮に達した
踊りの輪が広がる
リードするのは我らのバスの運転手
海面も音楽のリズムに合わせて沸き立っている
オーパ!
レストランの主も踊り出したではないか
あの男はゾルバか
オーパ!
帰路
バスは満月の街道を走る
運転手は歌い
そして踊り始めた
なんと
ハンドルから両手を放して!
あの男もゾルバか
オーパ!


ギリシアの多くのおかたは
きっとすごく楽天的なんですよね。
デルフィを訪れたいなあ、と思います。


● 写真:大久保貴司さんからご恵贈いただきました:
東京湾アクアライン
「海ほたる」から撮影:
2005年12月27日、17時2分、ISO1000に設定。


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