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● 清水英雄先生のメッセージ
かあさん が 光る
かあさんが光る たくさん光る 輝きながら 私をつつむ つつまれた私 ますます光る たくさん光る かあさんの光が 私を ますます 大きくしてくれる
Mother
Shines
Mother shines brilliantly with her glow embracing
me.
Embraced, I shine all the more brilliantly.
Mother's shine
let me become even wiser and greater (in mind and
body).
(英訳:さかいたかひこ) (英文校閲:Frances Ford)
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● 花
○ 相田みつをさんのメッセージ:
花はただ 咲くただひ たすらに
Flowers
simply come out; solely in a simple
manner.
花を支える枝 枝を支える幹 幹を支える根 根はみえねんだなあ
Flower-supporting
branches; branch-supporting trunks; trunk-supporting
roots that cannot be
seen
○ 真民さんのメッセージ:
花
何が 一番いいか 花が一番いい 花のどこがいいか 信じて 咲くのがいい
I
Like Flowers Best
What do you like best? I like flowers
best. What do you like in them? I like them coming out with their
belief in the scheme of
nature.
野ぼたんの花
野ぼたんの花の むらさきの濃さ きのう一輪咲さき きょう一輪咲く ああ ただ一途に 生きてゆくのだと 花のなかから 声がする
A
Wild Peony Comes into Bloom
A wild peony comes into bloom. It
comes out purple [crimson] in deep color. Yesterday a single flower came
out, and today another one comes out. Oh! I hear a voice from
inside the flowers, saying it is trying to live fully with all its
heart.
(英訳:さかいたかひこ)
(英文校閲:Frances
Ford)
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● 日本の歌心の英訳比較:心情・情感の示し方・伝え方(その4)
―Greg Irwin・中野一郎・Susan
Osbornの各英訳歌詞から 坂井 孝彦
3.
浜辺の歌 (1916) 林古渓作詞・成田爲三作曲 ((再掲))
Come Walk Along the Shore [Hamabe no
Uta] Lyrics by Kokei Hayashi Music by Tamezo Narita by
Greg Irwin /Song of Beach (Kokei Hayashi / Tamezo
Narita) by中川一郎 //At The
Shore by Susan Osborn
1. あした浜辺をさまよえば If you have
time, dear friend of mine Come walk along the shore Tomorrow I'll be
waiting there (←誤訳) /I love to roam alone along the beach at break of
day, //I walk as dawn by the seashore //And watch the night
turn to day
昔のこと ぞ しのばるる Remembering once more /My old
sweet memories return in my heart to stay, //The sound of the
surf //And the salty air //Washes sadness from my
soul 風の音よ 雲の さま よ I listen to the wind you see Or watch the
clouds roll over me /The sighing of the sea wind, the clouds in the
sky, //The song of crying seabirds //A sea of sparkling
blue よする波も かいの色も So many things come back to me As I walk
along the shore /The rolling waves that dance and leap, /My heart
for joy does cry!
//The waves return to the shore again //As I
return to you
2. ゆうべ浜辺を 回(もとお)れば If you have time, dear old
friend of mine Come walk along the shore Just yesterday I found a way
(←誤訳) /I love to roam alone along the beach at quiet
eventide, //Retracing my steps //There as evening
light
昔の人 ぞ 偲(しの)ばるる To remember even more /The old folks
in my memories all drift back to my side, //The sun slips into the
sea //Pale golden moon and diamond stars //Fill the silence in my
heart 寄する波よ かえす波よ I watch the waves come rolling
in /The rolling waves that whisper, the foaming waves that
break, //Soft water lapping at my feet //Warm winds caress my
face
月の色も星のかげも The moon and stars come out again And I remember you
my friend As I walk along the shore /The gleaming waves that dance
and leap, /The starlight in their wake!
//The boats turn toward
the shore again //As I return to
you
(考察)
・あした浜辺をさまよえば
If you have time, dear friend of
mine Come walk along the shore Tomorrow I'll be waiting there
/I
love to roam alone along the beach at break of day,
//I walk as
dawn by the seashore //And watch the night turn to
day
Irwin訳では、 「あした」はtomorrowという語に転換されている。 もし、意図的な創作訳ではないとすれば、 ここでの「あした」は、日本語にかなり堪能な 「英語圏からの人」にとっても 難しい部類に属することばの使い方で あったのかもしれない。
・風の音よ
雲の さま よ
I listen to the wind you see Or watch the clouds roll over
me
/The sighing of the sea wind, the clouds in the sky,
//The
song of crying seabirds //A sea of sparkling
blue
Irwin訳:「雲のさま」をwatch the clouds roll over
me とした英訳詞は、動きが感じられる訳詞である。 動いていく「様態」をじっと見つめている、 という感じが巧みに表現されている。
中野訳:「風の音」the
sighing of the sea
wind も「巧みな」英訳である。
Osborn訳は、 元の日本語歌詞内容をほぼ無視して、 /The song of
crying seabirds //A sea of sparkling
blueのように、 音声と色彩を取り入れた改訳ないしは 創作訳として印象派的な雰囲気を醸成している。
・よする波も
かいの色も So many things come back to me As I walk along the
shore /The rolling waves that dance and leap, /My heart for joy
does cry!
//The waves return to the shore again //As I return to
you
「かいの色」:「貝」の色のことだろうと思われるが、 どの英訳においても表現されていない。
・ゆうべ浜辺を
回(もとお)れば
If you have time, dear old friend of mine Come walk along the
shore Just yesterday I found a way /I love to roam alone along the
beach at quiet eventide,
//Retracing my steps //There as
evening light
Irwin訳では、 日本語歌詞のなかの「ゆうべ」を 英語歌詞ではJust
yesterday というように転換している。 意図的な改訳でなければ,多分,誤訳である。
・寄する波よ
かえす波よ
I watch the waves come rolling in /The rolling waves that
whisper, the foaming waves that break,
//Soft water lapping at my
feet //Warm winds caress my face
かえす波: 中野訳:the foaming
waves that
break は「たくみな訳詞」である。
Osborn訳:状況をうまく切り取っている訳詞で、 lappingによって波の音感を かもしだしている。
Osborn訳は全体的には、 朝・夕の浜辺の雰囲気を理屈と情感をないまぜにして、 巧みな英文化を図っているように思われる。 彼女の歌唱もまたしみじみとした情感に溢れている。
絶唱といえるほどの出来栄えのように感じられる。
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● 言葉の力:曽野綾子さんの言葉から (その1)
○ 対談―曽野綾子&境野勝悟
「言葉の力」
聖書の言葉,禅の言葉 (2006-11
致知
p.11-p19)
曽野:人それぞれに, 神仏から命じられた使命があります。 その使命をみんなが大切にすればいいんですよ。
曽野:(聖書「あなたの敵を愛しなさい」とは:) 敵というのは嫌いだから敵なんですね。 クリスチャンは敵を自然に好きになるのではなく, 愛したらこうすべきだと思うことをするのが 愛だというのです。
曽野:皆(真理への道の)途上にいます。 永遠の時間の中のほんの一瞬を 生きさせていただいているんだから, その時間を大切にしなければいけないし, 当然人様の時間も粗末にしてはいけない。 だから異なる教義であっても, そういう貴重な時間の中で 教えをいただいた方に対しては, 本当の感謝をしなければなりません。
曽野:私は「多幸症」なんです。 どんなことにも幸せを感じられる病気。 そうやって感謝することで, 豊かに生きられることに気づいたんです。
曽野:私はトマス・アクィナスの 「すべて存在するものは良きものである」 という言葉に出会った時, 頭を殴られたような衝撃をうけました。 ------いろんな悪だと思われている存在を どう善への価値へと転換するか という姿勢で臨めば, トマス・アクィナスの言葉も生きてくるのです。
境野:毒が薬にもなり得るんですね。 人間の浅はかな頭でいいとか悪いとか 判断することはできない。 すべての人は意味があって 存在しているのであって, どんな人もきっと何か意味があって生まれてくるんですよ。
曽野:17年聖書を学んで(週に一回二時間半), そう簡単にサラサラ読めるような」ものではないし, いい翻訳などできないことはよく理解できました。 例えば「こころの貧しいものは幸いである」 っていうとても困る翻訳があるんです。 ------健康もなく,お金もなく, 国も貧乏で助けてくれない, とにかく何もない人が初めて 心が貧しいという表現なんです。 ヘブライ語で「アナウィム」というんですけど, そういう人が初めて神を見る, と書いてあるんです。 貧しいというのは, いまは物質の面でしか理解されていないから, 言葉では理解されにくいのです。
曽野:聖書に 「私は裸で母の胎を出た。 また裸でかしこに帰ろう」とあります。 生まれた時には誰一人として 何も持っていないし, 死ぬ時も何も持っていけない。 だから,あなたがこの世で仮に いただいたものはうまく使いなさい ということでしょうね。 スタートラインと終点が無。 その身軽さを忘れると困るのですね。 ------仮の姿を楽しめばいいのでしょうね。 だから虚栄もあるかもしれない, 美味しいものを追いかけるかもしれない, 好きな女や男に夢中になるかもしれない, でもそれらはすべて仮と思って感謝して 受ければいいということでしょうか。
曽野:人は頼まれることが すごく好きなんですよ。 そして「ありがとうございました,助かりました」 って言うとみんな喜んでくれて, それで一日過ごせます。 だから年寄りは勝気を捨てて, 年相応にもう少しそういう楽しみ方を 覚えなければいけませんね。 でないと寂しいです。 またそうやって, 年をとったらだんだん弱い生活をする ということを学んで死ぬべきだと思いますね。 どんな偉い方でも 最後には立てなくなったりするわけだから。 やっぱり裸で帰る直前に, ここまで弱くなったって, その弱さを愛せるところまで行かない といけませんね。 そうでなく, ずっと偉くて強いままで死んでしまうのだと, 人間の弱さを知らないままで 終わってしまいますからね。 それは人生を豊かに生きたことには ならないと思います。
境野:人を救うためには やっぱりそれなりの力が要りますね。
曽野:単純に言うと おにぎりが二つ要るということでしょう。 一つだと自分が食べてしまって 人にあげられないから。
曽野:私,酔狂って言葉が大好きです。 酔狂でやる時にプロになる。 時間単位の値段をあげてもらおうと 頑張るのはアマなんですね。 人生は酔狂で生きなきゃいけない。 ------酔狂は命を懸けるんです。 ------優れた仕事をした人は, みんな酔狂の人, 命を懸けて遊んだ人なんです。
曽野:いまの人は, 礼状も見舞い状もまともに書けないでしょう。 何でもeメールで済ませていますからね。 こんなことでは人間の心が伝わらないだけでなく, 国の経済も成り立たなければ, 外交もできないと思うのです。 ------だから急いで言葉の力を 取り戻さないといけないですね。 そのためにはやっぱり本を読まなければいけません。 -------いま格差の問題が いろいろ言われていますが, いやらしい言い方をすると, 格差は本を読むか読まないかで開きますよ。 ------たくさんの本を読み, こころに響くいい言葉と出合って自分を磨き, 人生をおもしろがりたいですね。
○ 対談―曽野綾子&清原美彌子 「老いとは何か,死とは何か」 (1999-6
致知
p.7-p13)
曽野:これから先の老いに対する 「はかなき抵抗」とでもいいますか, ひとりで家にいるときも 食事はちゃんと作りますし, また,手を抜かないようにするのが 好きなんですね。 自分でできることは自分でする, それも緊張感を持ってやるようにしています。
曽野:「捨てる」ことがうまくなりました。 技術的には, やるべきことに優先順位をつけて, 四番目とか五番目など順位が低いのは、 時間がなかったりすると平気で捨てちゃう。
清原:それは, 一遍上人(1239-1289)
の「捨ててこそ」 という「念仏往生」の悟りに通じるのでは ------あるいは道元(1200-1253)
の言う 「放下(ほうげ)」と言ってもいいかもしれませんね。 放下とは, 要するにこだわるなとか, 一つのところに澱む(よどむ)な, 濁るなということですね。
曽野:キリスト教は性悪説だから, 私には気楽なんです。 人間というものは そのままにしておけば 簡単に堕落するという話が 「聖書」にはいっぱいありますし, ずいぶんいいかげんな人物も登場してきます。 「聖書」はそれを踏まえて, 人間は信仰とか, その人に内蔵された徳性によって 人間を超えた偉大な存在になれる, としているんですね。
清原:最新刊の『「いい人」をやめると楽になる』 を読ませていただきました。 「人はみな,あるがままでいい」とか, 「幸せも不幸せも,その結果を人のせいにしない」とか, なるほどと思えることがいくつもありました。
曽野:自分の命を懸けるものがあると人間は満たされます。
曽野:「満たされる」ということは 「受ける」ということではなく、 「与えさせていただく」ということなのですね。
曽野:いまね,高齢者の評判が悪くなっています。 それは要するに「甘えている」ということです。 ------自治体がときに過剰とも思えるサービスをする。 -------お年寄りは「自立する権利」
を復権させなければ駄目です。
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● あとがき Postscript
湊 禎佳先生の叙情溢るる琉歌(うた)集から:
御日(ウテイダ) 天(あま)つそら見(み)やれ 紫磨金(しまごん)の雲居(くもい) 後背(こうはい)のきよら 地天(じてん)染(そ)めて
あがる黄金の ほむら、群青(ぐんじょう)の 海原の襞(ひだ)に 火光(ひかげ)そそぎ
東方(あがり)あやもどろ 雲子(くもこ)照り映(は)やす 御日(ウテイダ)あめつちに 金花(きんか)ふらし
水浸く(みずく)明け雲(ぐも)の 朝凪(あさなぎ)にゆらう 流れ藻よあかれ 処処(しょしょ)に祈り
みなも青(あお)やかに 照らす美御日(ミウテイダ)の 元気、透き色(すきいろ)に 御風(みかぜ)染める
照り渡る海面(うなも) ひかり散るきわに ももえ波さやぐ 真南風(まはえ)迎え
(出所: 湊 禎佳.『湊 禎佳詩集 綾蝶(あやはべる)』. 七月堂.2003.) (湊 禎佳先生: ご本名 浜口 稔先生.沖縄県那覇市の
お生まれ.明治大学教授.ご専門:英語学、言語思想史.) |
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