湘 南 通 信
常楽我浄 日本のこころを世界の人々へ
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A Japanese heart and mind to the world over

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NO.426
平成20年1月27日
January 27,2008

● 清水英雄先生のメッセージ

かあさん が 光る


かあさんが光る
たくさん光る
輝きながら
私をつつむ
つつまれた私
ますます光る
たくさん光る
かあさんの光が
私を
ますます
大きくしてくれる



Mother Shines


Mother shines brilliantly
with her glow embracing me.

Embraced,
I shine all the more brilliantly.

Mother's shine let me
become even wiser and greater
(in mind and body).


        (英訳:さかいたかひこ)
        (英文校閲:Frances Ford)


● 花

 ○ 相田みつをさんのメッセージ:

   花はただ
   咲くただひ
   たすらに

   Flowers simply come out;
    solely in a simple manner.



   花を支える枝
   枝を支える幹
   幹を支える根
   根はみえねんだなあ

   Flower-supporting branches;
    branch-supporting trunks;
    trunk-supporting roots
    that cannot be seen




 ○ 真民さんのメッセージ:


   花

   何が
   一番いいか
   花が一番いい
   花のどこがいいか
   信じて
   咲くのがいい


   I Like Flowers Best

   What do you like best?
   I like flowers best.
   What do you like in them?
   I like them coming out with their belief
    in the scheme of nature.



   野ぼたんの花

   野ぼたんの花の
   むらさきの濃さ
   きのう一輪咲さき
   きょう一輪咲く
   ああ
   ただ一途に
   生きてゆくのだと
   花のなかから
   声がする


   A Wild Peony Comes into Bloom

   A wild peony comes into bloom.
   It comes out purple [crimson] in deep color.
   Yesterday a single flower came out,
    and today another one comes out.
   Oh! I hear a voice from inside the flowers,
    saying it is trying to live fully with all its heart.


              (英訳:さかいたかひこ)
              (英文校閲:Frances Ford)



● 日本の歌心の英訳比較:心情・情感の示し方・伝え方(その4)
―Greg Irwin・中野一郎・Susan Osbornの各英訳歌詞から

                         坂井 孝彦

3. 浜辺の歌 (1916)  林古渓作詞・成田爲三作曲  ((再掲))

  Come Walk Along the Shore [Hamabe no Uta]
    Lyrics by Kokei Hayashi Music by Tamezo Narita
               by Greg Irwin
    
    /Song of Beach
           (Kokei Hayashi / Tamezo Narita)
          by中川一郎
          
        //At The Shore
         by Susan Osborn


1.
あした浜辺をさまよえば
If you have time, dear friend of mine
Come walk along the shore
Tomorrow I'll be waiting there (←誤訳)
 
 /I love to roam alone along the beach at break of day,
 
   //I walk as dawn by the seashore
   //And watch the night turn to day


昔のこと ぞ しのばるる
Remembering once more
 
 /My old sweet memories return in my heart to stay,
 
   //The sound of the surf
   //And the salty air
  //Washes sadness from my soul
  
  
風の音よ 雲の さま よ
I listen to the wind you see
Or watch the clouds roll over me
 
 /The sighing of the sea wind, the clouds in the sky,
 
   //The song of crying seabirds
  //A sea of sparkling blue
  
  
よする波も かいの色も
So many things come back to me
As I walk along the shore
 
 /The rolling waves that dance and leap,
  /My heart for joy does cry!

    //The waves return to the shore again
    //As I return to you


2.
ゆうべ浜辺を 回(もとお)れば
If you have time, dear old friend of mine
Come walk along the shore
Just yesterday I found a way (←誤訳)
 
 /I love to roam alone along the beach at quiet eventide,
 
   //Retracing my steps
   //There as evening light


昔の人 ぞ 偲(しの)ばるる
To remember even more
 
 /The old folks in my memories all drift back to my side,
 
   //The sun slips into the sea
   //Pale golden moon and diamond stars
  //Fill the silence in my heart
  
  
寄する波よ かえす波よ
I watch the waves come rolling in
 
 /The rolling waves that whisper, the foaming waves that break,
 
   //Soft water lapping at my feet
    //Warm winds caress my face

月の色も星のかげも
The moon and stars come out again
And I remember you my friend
As I walk along the shore
 
 /The gleaming waves that dance and leap,
  /The starlight in their wake!

    //The boats turn toward the shore again
    //As I return to you


(考察)

・あした浜辺をさまよえば

If you have time, dear friend of mine
Come walk along the shore
Tomorrow I'll be waiting there

 /I love to roam alone along the beach at break of day,

         //I walk as dawn by the seashore
         //And watch the night turn to day

Irwin訳では、
「あした」はtomorrowという語に転換されている。
もし、意図的な創作訳ではないとすれば、
ここでの「あした」は、日本語にかなり堪能な
「英語圏からの人」にとっても
難しい部類に属することばの使い方で
あったのかもしれない。


・風の音よ 雲の さま よ

I listen to the wind you see
Or watch the clouds roll over me

 /The sighing of the sea wind, the clouds in the sky,

   //The song of crying seabirds
   //A sea of sparkling blue


Irwin訳:「雲のさま」をwatch the clouds roll over me
とした英訳詞は、動きが感じられる訳詞である。
動いていく「様態」をじっと見つめている、
という感じが巧みに表現されている。

中野訳:「風の音」the sighing of the sea wind
も「巧みな」英訳である。

Osborn訳は、
元の日本語歌詞内容をほぼ無視して、
/The song of crying seabirds 
//A sea of sparkling blueのように、
音声と色彩を取り入れた改訳ないしは
創作訳として印象派的な雰囲気を醸成している。


・よする波も かいの色も
So many things come back to me
As I walk along the shore
 
 /The rolling waves that dance and leap,
  /My heart for joy does cry!

  //The waves return to the shore again
    //As I return to you

「かいの色」:「貝」の色のことだろうと思われるが、
 どの英訳においても表現されていない。



・ゆうべ浜辺を 回(もとお)れば

If you have time, dear old friend of mine
Come walk along the shore
Just yesterday I found a way
 
 /I love to roam alone along the beach at quiet eventide,

   //Retracing my steps
    //There as evening light

Irwin訳では、
日本語歌詞のなかの「ゆうべ」を
英語歌詞ではJust yesterday
というように転換している。
意図的な改訳でなければ,多分,誤訳である。


・寄する波よ かえす波よ

I watch the waves come rolling in
 
 /The rolling waves that whisper, the foaming waves that break,

   //Soft water lapping at my feet
     //Warm winds caress my face


かえす波:
中野訳:the foaming waves that break
は「たくみな訳詞」である。

Osborn訳:状況をうまく切り取っている訳詞で、
lappingによって波の音感を
かもしだしている。

Osborn訳は全体的には、
朝・夕の浜辺の雰囲気を理屈と情感をないまぜにして、
巧みな英文化を図っているように思われる。
彼女の歌唱もまたしみじみとした情感に溢れている。
絶唱といえるほどの出来栄えのように感じられる。


● 言葉の力:曽野綾子さんの言葉から (その1)

○ 対談―曽野綾子&境野勝悟

「言葉の力」

聖書の言葉,禅の言葉
(2006-11 致知 p.11-p19)

曽野:人それぞれに,
 神仏から命じられた使命があります。
 その使命をみんなが大切にすればいいんですよ。

曽野:(聖書「あなたの敵を愛しなさい」とは:)
 敵というのは嫌いだから敵なんですね。
 クリスチャンは敵を自然に好きになるのではなく,
 愛したらこうすべきだと思うことをするのが
 愛だというのです。

曽野:皆(真理への道の)途上にいます。
 永遠の時間の中のほんの一瞬を
 生きさせていただいているんだから,
 その時間を大切にしなければいけないし,
 当然人様の時間も粗末にしてはいけない。
 だから異なる教義であっても,
 そういう貴重な時間の中で
 教えをいただいた方に対しては,
 本当の感謝をしなければなりません。

曽野:私は「多幸症」なんです。
 どんなことにも幸せを感じられる病気。
 そうやって感謝することで,
 豊かに生きられることに気づいたんです。

曽野:私はトマス・アクィナスの
 「すべて存在するものは良きものである」
 という言葉に出会った時,
 頭を殴られたような衝撃をうけました。
 ------いろんな悪だと思われている存在を
 どう善への価値へと転換するか
 という姿勢で臨めば,
 トマス・アクィナスの言葉も生きてくるのです。

境野:毒が薬にもなり得るんですね。
 人間の浅はかな頭でいいとか悪いとか
 判断することはできない。
 すべての人は意味があって
 存在しているのであって,
 どんな人もきっと何か意味があって生まれてくるんですよ。

曽野:17年聖書を学んで(週に一回二時間半),
 そう簡単にサラサラ読めるような」ものではないし,
 いい翻訳などできないことはよく理解できました。
 例えば「こころの貧しいものは幸いである」
 っていうとても困る翻訳があるんです。
 ------健康もなく,お金もなく,
 国も貧乏で助けてくれない,
 とにかく何もない人が初めて
 心が貧しいという表現なんです。
 ヘブライ語で「アナウィム」というんですけど,
 そういう人が初めて神を見る,
 と書いてあるんです。
 貧しいというのは,
 いまは物質の面でしか理解されていないから,
 言葉では理解されにくいのです。

曽野:聖書に
 「私は裸で母の胎を出た。
 また裸でかしこに帰ろう」とあります。
 生まれた時には誰一人として
 何も持っていないし,
 死ぬ時も何も持っていけない。
 だから,あなたがこの世で仮に
 いただいたものはうまく使いなさい
 ということでしょうね。
 スタートラインと終点が無。
 その身軽さを忘れると困るのですね。
 ------仮の姿を楽しめばいいのでしょうね。
 だから虚栄もあるかもしれない,
 美味しいものを追いかけるかもしれない,
 好きな女や男に夢中になるかもしれない,
 でもそれらはすべて仮と思って感謝して
 受ければいいということでしょうか。

曽野:人は頼まれることが
 すごく好きなんですよ。
 そして「ありがとうございました,助かりました」
 って言うとみんな喜んでくれて,
 それで一日過ごせます。
 だから年寄りは勝気を捨てて,
 年相応にもう少しそういう楽しみ方を
 覚えなければいけませんね。
 でないと寂しいです。
 またそうやって,
 年をとったらだんだん弱い生活をする
 ということを学んで死ぬべきだと思いますね。
 どんな偉い方でも
 最後には立てなくなったりするわけだから。
 やっぱり裸で帰る直前に,
 ここまで弱くなったって,
 その弱さを愛せるところまで行かない
 といけませんね。
 そうでなく,
 ずっと偉くて強いままで死んでしまうのだと,
 人間の弱さを知らないままで
 終わってしまいますからね。
 それは人生を豊かに生きたことには
 ならないと思います。

境野:人を救うためには
 やっぱりそれなりの力が要りますね。

曽野:単純に言うと
 おにぎりが二つ要るということでしょう。
 一つだと自分が食べてしまって
 人にあげられないから。

曽野:私,酔狂って言葉が大好きです。
 酔狂でやる時にプロになる。
 時間単位の値段をあげてもらおうと
 頑張るのはアマなんですね。
 人生は酔狂で生きなきゃいけない。
 ------酔狂は命を懸けるんです。
 ------優れた仕事をした人は,
 みんな酔狂の人,
 命を懸けて遊んだ人なんです。

曽野:いまの人は,
 礼状も見舞い状もまともに書けないでしょう。
 何でもeメールで済ませていますからね。
 こんなことでは人間の心が伝わらないだけでなく,
 国の経済も成り立たなければ,
 外交もできないと思うのです。
 ------だから急いで言葉の力を
 取り戻さないといけないですね。
 そのためにはやっぱり本を読まなければいけません。
 -------いま格差の問題が
 いろいろ言われていますが,
 いやらしい言い方をすると,
 格差は本を読むか読まないかで開きますよ。
 ------たくさんの本を読み,
 こころに響くいい言葉と出合って自分を磨き,
 人生をおもしろがりたいですね。



○ 対談―曽野綾子&清原美彌子
「老いとは何か,死とは何か」
(1999-6 致知 p.7-p13)

曽野:これから先の老いに対する
 「はかなき抵抗」とでもいいますか,
 ひとりで家にいるときも
 食事はちゃんと作りますし,
 また,手を抜かないようにするのが
 好きなんですね。
 自分でできることは自分でする,
 それも緊張感を持ってやるようにしています。

曽野:「捨てる」ことがうまくなりました。
 技術的には,
 やるべきことに優先順位をつけて,
 四番目とか五番目など順位が低いのは、
 時間がなかったりすると平気で捨てちゃう。

清原:それは,
 一遍上人(1239-1289) の「捨ててこそ」
 という「念仏往生」の悟りに通じるのでは
 ------あるいは道元(1200-1253) の言う
 「放下(ほうげ)」と言ってもいいかもしれませんね。
 放下とは,
 要するにこだわるなとか,
 一つのところに澱む(よどむ)な,
 濁るなということですね。

曽野:キリスト教は性悪説だから,
 私には気楽なんです。
 人間というものは
 そのままにしておけば
 簡単に堕落するという話が
 「聖書」にはいっぱいありますし,
 ずいぶんいいかげんな人物も登場してきます。
 「聖書」はそれを踏まえて,
 人間は信仰とか,
 その人に内蔵された徳性によって
 人間を超えた偉大な存在になれる,
 としているんですね。

清原:最新刊の『「いい人」をやめると楽になる』
 を読ませていただきました。
 「人はみな,あるがままでいい」とか,
 「幸せも不幸せも,その結果を人のせいにしない」とか,
 なるほどと思えることがいくつもありました。

曽野:自分の命を懸けるものがあると人間は満たされます。

曽野:「満たされる」ということは
 「受ける」ということではなく、
 「与えさせていただく」ということなのですね。

曽野:いまね,高齢者の評判が悪くなっています。
 それは要するに「甘えている」ということです。
 ------自治体がときに過剰とも思えるサービスをする。
 -------お年寄りは「自立する権利」
 を復権させなければ駄目です。


● あとがき Postscript

  湊 禎佳先生の叙情溢るる琉歌(うた)集から:


  御日(ウテイダ)
 
  天(あま)つそら見(み)やれ
  紫磨金(しまごん)の雲居(くもい)
  後背(こうはい)のきよら
  地天(じてん)染(そ)めて

  あがる黄金の
  ほむら、群青(ぐんじょう)の
  海原の襞(ひだ)に
  火光(ひかげ)そそぎ

  東方(あがり)あやもどろ
  雲子(くもこ)照り映(は)やす
  御日(ウテイダ)あめつちに
  金花(きんか)ふらし

  水浸く(みずく)明け雲(ぐも)の
  朝凪(あさなぎ)にゆらう
  流れ藻よあかれ
  処処(しょしょ)に祈り

  みなも青(あお)やかに
  照らす美御日(ミウテイダ)の
  元気、透き色(すきいろ)に
  御風(みかぜ)染める

  照り渡る海面(うなも)
  ひかり散るきわに
  ももえ波さやぐ
  真南風(まはえ)迎え


  (出所: 湊 禎佳.『湊 禎佳詩集 綾蝶(あやはべる)』.
   七月堂.2003.)
  (湊 禎佳先生: ご本名 浜口 稔先生.沖縄県那覇市の
    お生まれ.明治大学教授.ご専門:英語学、言語思想史.)
●写真:(1) 日の出前の東の空と富士山 北岳山荘から(2006. 10.18. 午前5:35)
    大久保貴司さまからご恵贈いただきました。すばらしい光景です。
  おごそかにして幻想的な茜色の音のしらべがかすかにきこえてきそうです。
●写真:(2) 「裏手の哲学の小径」


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