NO.002

平成14年12月25日
Decenber 25,2002

● 安田和生先生からのクリスマスプレゼント:鞍馬村行進曲

 安田先生は海軍のご出身です。
アメリカ大使館にご勤務の後、昭和女子大学の教授としてご活躍され、この間、横浜時事英語クラブ[YCEC]をはじめとして、
さまざまの学会における重鎮として活躍されてきています。

「まもなく500回をむかえるYCECの月例研究会」にも、いまなお毎月のようにご参加になり、後輩のご指導にあたってきておられます。


鞍馬村行進曲   

  作詞 安田和生  作曲 増永丈夫[藤山一郎]

1.力溢るるますらおが
みことかしこみ矛収め
固き誓いに手を取りて
茨を分けて集いしぬ
ここ故郷の山に似て
清く麗し鞍馬村

2.あした高嶺に日の映えば
北に額き身を浄め
野茨をおこし日の本の
荒野を拓く業学ぶ
潮の香もなお消えやらぬ
黒き腕に鍬光る

3.ゆうべ梢に霧呼べば
祖国の嵐偲びつつ
理想輝く再建の
礎たれと智を磨く
修練の丘夜深く
健児の息吹き堂に満つ

4.年久しくも住みなれし
御艦に別れ海去れど
大和おのこの真心は
山辺果てなく火と燃えん
鞍馬を巣立つこの腕が
み国を興す日は近し

(楽譜の部分は昭和21年1月プジョン村で配布されたもの〈松原正延氏提供〉のコピーです)


「鞍馬村行進曲」について  (安田和生)

・「鞍馬村」とは:

 太平洋戦争終結時、東部ジャワに在った日本海軍関係者が集結したマラン州の高地プジョン村に付けた日本名です。

 戦時中から「第二南遣艦隊」の現地限りの通称が「鞍馬部隊」でした。

・作詞/作曲のいきさつ:

 インドネシア独立戦争のため帰国の見込が立たず、士気を鼓舞する一助にもと、行進曲の作詞が、鞍馬村全村に募集されました。藤山一郎さん(当時は本名「増永丈夫」を使用)が艦隊報道部員として行動を共にし、歌詞の選考と作曲を引き受けました。

 思いがけなく安田の作詞が採用されたのですが、七五調にまとめるのが精一杯でした。藤山さんは「作曲に苦労したよ」と私だけに言われましたが、帰国後もこの歌を大事にしてくださいました。

・楽譜と歌詞:

 手書き謄写版刷りのものが配布されましたが、帰国の際、他の書類と共に総て処分することになりました。

 ここに添付したものの上半分(譜面)が当時のものです。これをこっそり持ち帰っていた戦友がいることが分かり、入手して藤山さんにお送りしたところ大変喜ばれ、即座にテープに入れて送って下さいました。

 テープの複製は自由だが、テープ実費以外のお金を取らぬようにというのが、今は亡き藤山さんのお言葉でした。

・歌詞の背景:

一番「茨を分けて」:

 鞍馬村への集結には紆余曲折あり、一時インドネシアの刑務所施設に運ばれて苦労したグループ(柴田長官・藤山さんを含む)もありました。

二番「北に額き」:  
 整列して、祖国を遙拝することで、一日が始まりました。

「荒野を拓く」:
 雨天以外毎日、借用した土地で農耕し、自給に備えました。

三番「智を磨く」: 
 雨天時と夜には国語、英語、算数等の教育が行われました。

・付記:

 鞍馬村での生活と帰国の行動は、隊員の規律とインドネシア側の理解によりまことに順調でした。

 部隊の長官が戦中戦後を通じインドネシアとの友好を重視されたことがその背後にあったと思います。 (安田和生)

 (補足)
安田先生からいただいたお手紙から:
「引揚船から広島県大竹に上陸し、部隊解散。駅で、藤山一郎さんから私への言葉は

 (歌いたくない歌は、金[かね]のために歌うことはしないつもりだ。いい歌だけ歌っていても、一生困ることはないよ。〉

という意味のことで、事実その通りでした。」


● Santa Claus は いるのですか

Dear Editor, 「編集長様」

I am 8 years old.「私は8歳です」

Some of my little friends say there is no Santa Claus.
「仲間の子供たちのなかには、サンタクロースはいない、という子がいます」

Papa says, "If you see it in The Sun. it's so."
「パパは、新聞のザ・サンにもサンタクロースはいない、と書いてあるのなら、サンタクロースはいない、ということになるね、といいます」

Please tell me the truth, is there a Santa Claus? 
「どうかほんとうのことを教えてください:サンタクロースはいるのですか?」

Virginia O'Hanlon
「(ニューヨーク在住の)バージニア・オハンロンより」

新聞社"The Sun"は社説で解答 (September 21, 1897):

[社説の半ばにある文]:
In this great universe of ours man is a mere insect, an ant, in his intellect, as compared with the boundless world about him, as measured by the intelligence capable of grasping the whole of truth and knowledge.

「私たちが生きているこのとてつもなく大きな宇宙では人間なんて、虫と同じくらいのちっぽけな生き物で、まあ、ありさんってところかな、人間がわかっていると思っていることなんてちっぽけなものだよ。

第一、比べようもないほどだけれど、人間をとりまく世界って果てしなく広いでしょう。

それから、測りようもないほどだけれど、世界で何がいったいほんとうのことなのかをよく知っておられて、その全部を見とおされてなんでも、わかっておられる神様のような方の目から見たら、人間が知っていると思いこんでいることなんて、まったくちっぽけなものだよね」

[社説の最後の部分]:
A thousand years from now, Virginia, nay ten times ten thousand years from now, he will continue to make glad the heart of childhood.

「ヴァージニア、これから千年も、いやいや、一万年が十回繰り返されたほどの遠い遠い将来にわたっても、いつでも、いつまでも、きっときっと必ず、サンタクロースは、子供たちの心にわくわくするような楽しい夢をプレゼントしていくのだよ」

Francis Pharcellus Church「フランシス・P・チャーチ(1839-1906) 」    (和訳:坂井孝彦)

この社説は米国中を沸騰させ、それ以降半世紀にわたって毎年この社説は繰り返し掲載された、という。
チャーチは1906年に亡くなったが、亡くなるまで「この社説を書いたのはチャーチだ」ということは公表されなかった、という。       




●写真: 鞍馬村行進曲の譜面 
 (by courtesy of Professor Yasuda)