湘 南 通 信
常楽我浄 日本のこころを世界の人々へ
SHONAN NEWSLETTER
A Japanese heart and mind to the world over

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NO.437
平成20年4月20日
April 20,2007

● 清水英雄先生のメッセージ


カーネーションは


カーネーションは
母の花
生命をはぐくむ
母の花
カーネーションを
母の日に
うれしさ
やさしさ
のぞみがいっぱい
カーネーションは
母の華




A Carnation is...


A Carnation is a flower for Mother
who brought up my life.
It's Mother's flower.
I present a carnation to Mother
on Mother's day,
tenderly, delightedly, and hopefully.
A carnation is a source of Mother's brilliance.


(English translation: Takahiko Sakai)
(English consultation: Frances Ford)


● 真民先生から:


光と風の輪廻する海

光と風のなかを
生まれたばかりの
蝶が飛んでゆく
わたしも
光と風のなかを
生きてきた
これからも生きてゆくだろう
流転し
輪廻し
限りない
生死の海を


The Endless [Eternal] Cycle of Birth and Death
on the Wind in the Daylight

A butterfly,
which has just come into existence,
is flying on the wind in the bright light of day.
I have also lived so far
in the same manner as the butterfly,
on the wind in the bright light of day.
From now on as well I will live
in the same manner again as before.
All the things including the butterfly and myself
are set in perpetual motion and flow,
without being freed from the endless cycle
of birth and death,----yes, endless like the sea.

(補足)
・「輪廻」the endless cycle of birth and deathについて:
初めは、the limitless round of birth and deathとした。
フォード先生が、これをご覧になってしばしの考祭をされ、
そして、言われるには、roundは、丸い形を思い起こさせる。
cycleとすれば、movementになりますよ、と。なるほど!
transmigration, metempsychosisという難しい言い方もある。

・「海」⇒「限りのない、無限につづく流転・輪廻は、
限りのない無限にひろがっている大海原のようなものだ」と、
とらえてみた。
「限りのない生死」という時間的な回転の連続が、
「限りのない」という言葉から
連想される空間的な無限の広がりに高まっていったように、
感じられたからである。


(English Translation: Takahiko Sakai)
 (English Consultation: Frances Ford)


● 日本人の心の歌(その8)

・ゆりかごの歌 (1921)   北原白秋作詞・草川 信作曲

  英訳1:Greg Irwin
  The Cradle Song  [Yurikago no uta]
       (Lyrics by Hakushu Kitahara  Music by Shin Kusakawa)

   英訳2:中川一郎
    /Song of a Cradle
      (Hakushu Kitahara / Shin Kusakawa)


1.ゆりかごの歌を
  カナリヤが歌うよ
“Cradle my baby down to sleep,”
Sings a canary sweet and high,
/Up in the blue a skylark, a lullaby is sung so sweet,

  ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
Sweet baby, sleep baby,
Good night lullaby.
      /Sleep my baby, sleep, sleep my baby sleep!


2.ゆりかごの上に
  びわの実がゆれるよ
Cradle my baby soon to sleep,
Soft, gentle breezes blowing by,
      /Just over a cradle sweet peaches are swaying slow,

  ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
Sweet baby, sleep baby,
Good night lullaby.
/Sleep my baby, sleep, sleep my baby sleep!


3.ゆりかごのつなを
  木ねずみが ゆするよ
Cradle my baby fast to sleep,
Squirrels in the forest gently sigh,
      /On ropes of a cradle is rocking a young squirrel,

  ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
Sweet baby, sleep baby,
Good night lullaby.
      /Sleep my baby, sleep, sleep my baby sleep!


4.ゆりかごの夢に
  黄色い月がかかるよ
Cradle my baby fast to sleep,
You shine like the moon up in the sky,
      /A dream of a cradle, the blue moonlight peeks in,

  ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
Sweet baby, sleep baby,
Good night lullaby.
      /Sleep my baby, sleep, sleep my baby sleep!

  (英訳:Greg Irwin  /中川一郎)


・cradle a baby to sleep [or asleep]
   赤ん坊を揺すって寝かしつける.
・sigh
  〈風などが〉ため息[吐息]のような音をたてる:
   a sighing wind そよぐ風.


(考察)
・ゆりかごの歌を
  カナリヤが歌うよ
“Cradle my baby down to sleep,”
Sings a canary sweet and high,
/Up in the blue a skylark, a lullaby is sung so sweet,

“Cradle my baby down to sleep,”
は、生活に根ざした言葉。
「子供のころ、ゆりかごの中で
マザーグースの子守唄を
聞きながらお昼寝をした
英語母語者であれば、
これは体の中に刷り込まれてしまっている
あたりまえに使う日常語句なのでしょうね」


・ ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
Sweet baby, sleep baby,
Good night lullaby.
        /Sleep my baby, sleep, sleep my baby sleep!

こういう日常表現の英訳は、
英語母語者の独擅場。
大きな和英辞典などをみても
なかなか「これだ!」という
名訳にお目にかかれない。


・ゆりかごの上に
  びわの実がゆれるよ
Cradle my baby soon to sleep,
Soft, gentle breezes blowing by,
      /Just over a cradle sweet peaches are swaying slow,

Greg Irwin訳は、
この歌が子守唄であることを念頭におきながら、
赤ちゃんが眠りについてゆく「時の流れ」のなかにおいて、
眠りへの阻害要因となるような内容は、
英語の歌詞のなかでは割愛している:
歌の二番にある「びわの実がゆれる」

歌の三番にある「木ねずみがゆする」
のような原詞を西欧的合理性の観点から改訳している。
「びわ」という植物も、
英語圏の人々には、
多分なじみのうすい植物なので、
訳出のなかでは無視されている。


・ゆりかごのつなを
  木ねずみが ゆするよ
Cradle my baby fast to sleep,
Squirrels in the forest gently sigh,
      /On ropes of a cradle is rocking a young squirrel,

gently sigh:
「(そよかぜ)がそよぐほどにそっとささやくように声をだす」
という感じ。
Greg Irwin訳は
「赤ちゃんの安眠を妨げないようにする木ねずみ」
のように原詞の意味を変換している。
これは、
「ねんねんころり」に続く一節として、
英語という言語の論理を
むしろ尊重した上での「訳補の一節」かもしれない。


・ゆりかごの夢に
  黄色い月がかかるよ
Cradle my baby fast to sleep,
You shine like the moon up in the sky,
      /A dream of a cradle, the blue moonlight peeks in,

Greg Irwin訳:
「黄色い月がかかるよ」
⇒You shine like the moon up in the sky.

「すてきな訳ですね。
こんなのはどうでしょうか:
You shine in the silver moonlight. 
日本人の情感には
the blue moonlight
のほうが合っているのかもしれませんね。
喜怒哀楽は伝えられるけれど、
情感の温度差を伝達するのはなかなかに大変なことです」


● 道元禅師からのメッセージ(その8)
   (大本山 永平寺 吉祥閣にて)


・回心向大(えしんこうだい)

正しい宗教

自分の宗教を信ずるあまり
他の宗教をそしり
果ては憎しみを争うほど愚かなことがあるでしょうか
正しい宗教は
いつの時代にも
人々を照らし 平和な生き方へと導くものなのです
宗教者同士が刃をぬいて争うことなどあってはなりません


正しい宗教
Righteous Religion

自分の宗教を信ずるあまり
  Too much devotion to one’s own religion
他の宗教をそしり
  And slandering other people’ religions
果ては憎しみを争うほど愚かなことがあるでしょうか
  So the result is hatred and strife: Is there any greater stupidity?
正しい宗教は
  The righteous religion
いつの時代にも
  In every era
人々を照らし 平和な生き方へと導くものなのです
  Is one that illuminates people and leads to a peaceful way of life.
宗教者同士が刃をぬいて争うことなどあってはなりません
  People of religion should never draw swords against each other.



Righteous Religion

  Too much devotion to one’s own religion
 And slandering other people’ religions
  So the result is hatred and strife: Is there any greater stupidity?
  The righteous religion
  In every era
  Is one that illuminates people and leads to a peaceful way of life.
  People of religion should never draw swords against each other.

             (永平寺で求めたハガキ集から。英訳者:不詳)


● 道元に学ぶ(致知 2002-11. pp62-69.)

(対談)
松原泰道老師(「南無の会」会長、明治40年生れ、
水野弥穂子(元東京女子大学教授、「正法眼蔵」研究家、大正10年生れ)

・「花は愛惜にちり、
草は棄嫌(キケン)におふるのみなり」
(おふる→生ふ(おふ)=生い茂る)

・「諸仏如来」=みんなが仏なんだよ。

・「他は是れ我に非ず」
=他(ヒト)がしたことは私がしたことにはならない。

・「更に何れ(いづれ)の時をか待たん」
= いまやらねば、いつできる。

・「眼横鼻直(げんのうびちょく)」
→目が横についていて鼻が真っすぐについている、
ほとけも人間も同じ材料なのだ
とわかったことが中国留学からのお土産でした。

・「空手還郷(くうしゅげんきょう)」
=空手にして郷に還る(四年間の留学、帰国時28歳)

・「只管打坐(しかんたざ)」の只管
=「のみ」「絶対」「それよりほかはない」「こうするほかはない」
⇒「いま、ここ」を迫られる緊張感
→「いま、ここに生きる」。
「ひたすら」の意味ではない。

・布施する生き方(布施の心):
「布施といふは不貧(ふとん)なり」
「不貧といふはむさぼらざるなり。
むさぼらずといふは、
よのなかにいふへつらはざるなり」
⇒自己の正体がむさぼって生きる必要がないものと解ると、
他に対してへつらう必要もないことが解ってくる。

・「愛語」も布施です:
「愛語といふは、
衆生をみるに、
まず慈愛の心をおこし、
顧愛の言語をほどこすなり」
「むかひて愛語をきくは、
おもてをよろこばしめ、
こころをたのしくす。
むかはずして
愛語をきくは肝に銘じ魂に銘ず」
⇒陰からでもそっと人を褒めて、
人を喜ばす。
これも菩薩の修行、
まさに人間サイズの仏が世の中に具現することです。

・「仏道をならふといふは、
自己をならふなり」
⇒自己を習うというのは、
自分のなかにある仏、
仏心に目覚め、
大勢の中で、
大勢の力に支えられて生きていることを知ることです。

・(たとえば)健康になって、
その何分の一かを誰かのために使う。
その時の満ち足りた気持ちを大切にしたい。
すると、
人間サイズの仏が見えてくる。
自分の欲を離れ、
そして人に何かしてあげられたら、
どんなにか生きがいを感じることか。
これが道元禅師の説かれたことです。
布施でも愛語でも他に巡らす。
それをやる時の喜び。
それをやった時の感動。
それが人の心に光を灯すことであり、
人間としての仏の修行に生きること、
これが何にも勝る豊かさです。

● あとがき Postscript と 写真

 シドニー 2007 の夏: 

 レモンの輪切り

  奥津文夫先生(和洋女子大名誉教授)から
  教えていただいたこと:

 「豪州は、
 私もメルボルンに1ヶ月ほど滞在した折、
 シドニーにも一寸だけ立ち寄りましたが、
 写真等を拝見して懐かしく思い出しています。
 オペラハウスは
 レモンの輪切りのイメージでつくられたそうですね。
 アボリジニーの音楽や手芸品なども特徴がありますね。
 ユーカリの木の上のコアラや、
 フィリップ島の世界最小のペンギンが群れをなして
 海から上がってくる様子などがとても可愛かった
 のを思い出します。」


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