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A Japanese heart and mind to the world over

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NO.438
平成20年4月27日
April 27,2007

● 清水英雄先生のメッセージ


母の恵み


母の恵みは
豊かな乳房
乳房は母の愛の恵み
私の生命育んでくれた
母の乳房

きっぱりと
はっきりと
さわやかに
自分の信じる道を
ひた走り
あっという間に小気味よく
さっとあの世に旅にでた母
母の生き方死に方が
私をきりっとふるいたたせる

しなびて小さくなった分だけ
私の生命がふくらみ
大きくなった
母の乳房は私の生命
母の乳房は生命の恵み



Mother's Blessing

Mother's well-developed bosom
was a blessing for me,
a blessing of her love for me.
Mother's bosom brought up my life.

Decisively, vividly, and refreshingly,
along the path of her belief,
she kept running without stopping.
And then, in the twinkling of an eye, delightedly
at a smart pace, she went away on a trip to another world.
The way she lived and passed away
shakes me up keenly.

Because of her shriveled bosoms, getting smaller,
my life has filled out, getting all the bigger.
Mother's bosom was my life and a blessing of life as well.


  (English translation: Takahiko Sakai)
  (English consultation: Frances Ford)


● 日本人の心の歌(その9)

・証城寺の狸囃子 (1924)   野口雨情作詞・中山晋平作曲
  
  英訳1:Greg irwin
Shojoji  [Shojoji no tanuki bayashi]
       (Lyrics by Ujo Noguchi   Music by Shimpei Nakayama)

    英訳2:中川一郎
/Badgers’ Drum-Beating at Sho-jo-ji Temple
         (Ujo Noguchi / Shimpei Nakayama)


1.証 証 証城寺
  証城寺の庭は
ツ ツ 月夜だ
  みんな出て 来い 来い 来い
Come, come, come and see!
Furry friends beneath the tree
Fall night in the moonlight
At the temple Shojoji!
      /Sho-sho, Sho-jo-ji, Sho-jo-ji is on the hill,
      /Moon-moon, moonlit are those who have come to join,

  おい等の友達ァ
  ぽんぽこ ぽんの ぽん
Tapping temple tunes on tums
Ra, pa, pa, pa, pa, pum!
      /All are friends of mine, pon-poko-pon-no-pon.

  負けるな 負けるな
  和尚さんに 負けるな 
来い 来い 来い
  来い 来い 来い
  みんな出て 来い 来い
Autumn night
It’s quite a sight
The moon is bright
The coons will delight
At the temple Shojoji
Everybody come and see!
      /Don’t give in, don’t give in, never give up before the Priest,
      /Come on, and join us, all come and join us!


2.証 証 証城寺
  証城寺の萩は
ツ ツ 月夜に 花盛り
Sho, Sho, Shojoji,
That’s the temple you must see
Night looms, then raccoons come out and do a show!
      /Sho-sho, Sho-jo-ji, pretty are the bush clovers,
      /Moon-moon, moonlit are the drooping blossoms at their best,

  おい等は浮かれて
  ぽんぽこ ぽんの ぽん
Funny fellows, furry fun
Ra, pa, pa, pa, pa, pum!
      /How happy we are here, pon-poko-pon-no-pon.

負けるな 負けるな
  和尚さんに 負けるな 
来い 来い 来い
  来い 来い 来い
  みんな出て 来い 来い
Autumn night
As monks recite
The coons come out
Lit by the moonlight
At the temple Shojoji!
Everybody come and see!
    /Don’t give in, don’t give in, never give up before the Priest,
    /Come on, and join us, all come and join us!
            (英訳:Greg Irwin  /中川一郎)



・Furry friends beneath the tree 
  柔毛で覆われた友達⇒おい等の友達ァ
・Fall night in the moonlight 
   秋の月夜, *主に米* 秋, 秋季(autumn)
   「落葉の季節 (fall of the leaf)」から:
      fall colors 秋色  fall foliage 紅葉.
・Tapping temple tunes on tums  
   *幼児語* ぽんぽん,おなか(tummy).
・Ra, pa, pa, pa, pa, pum!
  cf. pummel 
     (こぶしで)繰り返したたく,連打する.
     To beat, as with the fists


(考察)

・証 証 証城寺
  証城寺の庭は
ツ ツ 月夜だ
  みんな出て 来い 来い 来い
Come, come, come and see!
Furry friends beneath the tree
Fall night in the moonlight
At the temple Shojoji!
      /Sho-sho, Sho-jo-ji, Sho-jo-ji is on the hill,
      /Moon-moon, moonlit are those who have come to join,

「みんな、出て来い」
という場合の呼び掛け語:
 Furry friends beneath the tree
  =ほら木の下にいる毛深い友だちよ、
   という狸友だちに対する
   いかにも英語っぽい
   バリエーション表現である。

・ おい等の友達ァ
  ぽんぽこ ぽんの ぽん
Tapping temple tunes on tums
Ra, pa, pa, pa, pa, pum!
      /All are friends of mine, pon-poko-pon-no-pon.

Greg Irwin訳:
   「これはかなりの英語使いにも
    できないかもしれない表現でしょうね」

・証 証 証城寺 証城寺の萩は
ツ ツ 月夜に 花盛り
Sho, Sho, Shojoji,
That’s the temple you must see
Night looms, then raccoons come out and do a show!
      /Sho-sho, Sho-jo-ji, pretty are the bush clovers,
      /Moon-moon, moonlit are the drooping blossoms at their best,

日本人にとっては
「月と萩」は秋の夜の象徴である。
けれども、
Greg Irwin訳はこれは捨てている。
英語母語者にこのことを伝えるのは
容易ではないらしい。
「狸ばやし」の愉しさの方
をむしろ強調して、
これをショーにみたてた英文としている。

もとの日本語の歌では、
「月夜」「萩」などの和語
から連想される光景によって、
この歌が秋の歌であることが示唆されている。
しかし、
Greg Irwin訳においては、
英語歌詞の中では、
Autumn night
という語句が訳補されている。
これによって、
「秋の歌」であることが
明言されていることになる。
一方、
「萩」が秋という季節を連想させるのだ、
というようなことは英語母語者には
多分わかりにくいと思われる考え方であるので、
植物名の訳出も割愛されてる。
「月夜」や「萩」が秋を象徴する、
という日本人にとっての情感は、
たぶん、
英語圏の人間の一般常識にはなっていない、
からだ。


● 道元禅師からのメッセージ(その9)

・度衆生心(どしゅじょうしん) 

仏心のめざめ

仏心とは
自分のことはさておいても
世のため人のために
つくそうという心に他なりません
自分を中心とするから苦しむのです
仏心にめざめれば
苦労も生き甲斐に変わるのです



仏心のめざめ
  Awakening the Buddha-Mind

仏心とは
  The Buddha-Mind
自分のことはさておいても
  Is nothing other than the mind
世のため人のために
  That urges service on behalf of the world and its people
つくそうという心に他なりません
  Before our own affairs.
自分を中心とするから苦しむのです
Because we focus on ourselves, this takes a struggle,
仏心にめざめれば
  But when the Buddha-mind is awakened
苦労も生き甲斐に変わるのです
  Even hard effort changes into something worth living for.



  Awakening the Buddha-Mind

  The Buddha-Mind
  Is nothing other than the mind
  That urges service on behalf of the world and its people
  Before our own affairs.
Because we focus on ourselves, this takes a struggle,
  But when the Buddha-mind is awakened
  Even hard effort changes into something worth living for.

   (永平寺で求めたハガキ集から。英訳者:不詳)


● 良寛の生き方(致知 2001-09. pp58-65.)

    対談:中野孝次(作家)
                   vs
                板橋興宗(曹洞宗大本山総持寺貫首)

・ 悟り

悟りとは特別の能力が生まれることではない。
あたり前のことをあたり前のままでよかったと気付くこと。
良寛は気付きました:
「生まれたときからの大自然と一つの息遣いのままでよかった」のだと。
道元は気付きました:
「遠回りをしていままで苦しんでいたが、
もともと目は横に鼻は縦についていたのに
いままで何を迷っていたのか」と。
すると、何かを求めて一途になろうとする気がまったくなくなり、
全身心が解放され、見るもの、聞くもの、喜怒哀楽が
すべてそれなりに真実となります。
これが全開の「命」です。これが「命」の発現です。


・ 宇宙生命

私が息をする、と考える前に息をしている。
 私が見ようとする前に見えている。
 年を取ると思わなくとも、時間は動いてゆく。
 人には人の思惑を超えた生命反応の活動がある、
宇宙生命の働きがある。
 これが「にこん(而今)」です。
 いまここに生きている命をぎゅっとつかんで下さい。
 これが「万法に証せらるる」です。
 宇宙の命と自分の命は一つなのです。
 こういう命の真相に眼をむけてください。
 生命反応としての、宇宙生命としての
実感を表現するとき、
「私」は抜きになるのです。

 
・むらぎもの 心楽しも 春の日に 
 鳥のむらがり 遊ぶをみれば (良寛)
 
 鳥の声が自然に入ってきて、
鳥が自分の気持ちになる。
頭を濾過して歌っているのではない。
 「私」がなく、言葉が命そのものを歌っている。


・戒語(良寛)
バカ笑いにバカ騒ぎ、
 いまのテレビの大騒ぎ:
 「ことばの多き」
 「口のはやさ」
 「よく知らぬことをはばかりなく言う」
 「さしてもなき事を論ずる」
 「人のかくすことをあからさまに言う」
良寛さんは見抜いている。


・ 欲なければ一切足り-----マインドとハート(良寛):
 文明は快適で便利なほうにどんどん行く。
 人が生きてゆく上でそれが本当に必要かどうか、
 それを問い直すこともなく。

 オーストラリアの原住民・アボリジニが
東京で自動ドアを見て言いました:
「何だ、こんなの必要あるのか、
 人の手で開ければいいだけのことではないのか」

マインドは文明の働き、頭の働き。
ハートは命をつかむこと。
マインドだけ発達しても切りがない。
無限に進歩しても幸福は来ない。
ハートは百年も千年も二千年も同じです。
だからここに戻りなさい。
良寛はこのハートを生涯貫いたのです。


● あとがき Postscript


『山僧のおもかげ(印空寺中興樫田瑞元上人)』と題します
御本をご恵贈いただきました。おおくりくださったお方は
いまは印空寺のご住職をおつとめになっておられる
樫田瑞天和尚様です。大手商社から大学へ移られて
教授職をおつとめになった後、
2000年からはこの京都のお寺のご住職に就任されました。
若かったころの樫田兄さまの華燭の典の司会をおおせつかりました
ご縁もありましたのでしょうか、いまも折々におつきあい
いただいております。

252頁ハードカバーの立派なご本のなかには、お父上であられる
瑞元上人さま(92歳までご住職を勤められました)が
ご執筆された〔寺報『印空寺』〕からの印象深い
玉文が再録されております。
18頁ー19頁にはつぎのようなお言葉が綴られております:


信念


月待つや聖観音の燭継ぎて(満佐子)

円光大師(法然上人)のお言葉に「十尺の巾の堀を飛びこえようと思う人は十五尺を飛びこ
えようと思って努力しなければなりません。浄土へ往生しようと願って、それを期待する
人は、念仏を唱えれば往生決定的であると、念仏の力を信じて、しかもその上に念仏の行
を頼まなければなりません」と説かれています。しかし現代ではどんなことをするのにも
努力をして行を頼むことをいやがってしない人が多いのです。ほかの人がひらいた道には
後からついて行くが、自分から目的に向かって一歩を踏み出すということが少ないのです。
第一その目的すらはっきりしておらずに、日によってあっちへ行ったり、こちらに来たり、
ふらふらしています。古歌に次の(歌)があります。


どんな環境の中におかれようと泰然として微動だにせない、正しい信念が、現代の生活に
はもっとも大切なことです。仏さまを信じることが出来ても、自分自身を信じることの出
来ぬ人は不幸です。念仏の力を信じて自らも努力して、現世を楽しいものとなるように、


日々の言行に気をつけましょう。

慣れるということは感覚をにぶらせることです。はじめはなんとなくなじめないで苦痛に
思うことでも、いつの間にか慣れて何にも気にせなくなってしまいます。

物価高、インフレとさわいでいても、大きな数字に慣らされて口でやいやいと云っておる
わりには、実感が伴わずに暮らしています。こんな世相に只慣らされてしまわず、心にゆ
とりをもって、昨日を悔いず明日を恐れず、今日の一日を最高に生きてゆく智慧をもちま
しょう。(第三号・昭和四十八年九月)




照ってよしくもってもよし
元の姿は変わらざりけり
富士の山

上記の短歌もいいですねえ。
上記の
「元の姿は変わりざりけり富士の山」
と下記の
「月歪むにあらず波騒ぐなり」

「不動のこころ」
のごときものを感じます。


明魂  Reveal Yourself with Your Soul Purified

月歪むにあらず波騒ぐなり。
  The moon itself does not distort its reflection
   that is mirrored on the choppy waters.
止水に映る月を見よ。
    Notice the reflection on the still waters undistorted at all.
波立つ心に映る萬象は真の相を現わさず。
    None of the reflections that are mirrored on the choppy mind
      indicates the true state of things.

日暗むにあらず雲かかるなり。
    The sun itself does not make darkness happen.
  The darkness is brought about by the clouds
   that hide the sun behind them.
雲去ればまた輝く。
    Notice the sun shining again in the sky
      once the clouds go away.

(原文=修養団創始者 蓮沼門三)
(English translation : Takahiko Sakai)
(English consultation: Frances Ford)

● 写真:

寝覚の床,木曽路―山崎正昭様からお贈りいただきました。


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